友人が一人、自分で死んだ。
そいつは普段から、死ぬ死ぬと口にするタイプだった。構ってちゃんというか、周りも私も、どこかで本気にしていないところがあったと思う。
あの日は違った。急いで家に向かった。窓が開いていたのでそこから入った。救急車を呼んだ。でも、一目見て、もう助からないと分かる状態だった。
その時、私は彼にこう聞いた。
何か言い残すことはないか。
彼は一言だけ返した。
寂しい。
それで死んだ。
何年も経っているのに、あの一往復だけが残っている。
私がかけるべき言葉は、あれではなかったと思う。言い残すことはないか、は、彼に答えを渡す言い方だ。最後の仕事を彼の側に投げている。あの状態の人間に、まだ何かをさせようとしている。
本当は、そばにいる、と言えばよかったんだと思う。
それだけでよかった。
だいぶ後になって、宇多田ヒカルの「何色でもない花」という曲を聞いた。歌詞の中で、愛しているという英語の一行と、In it with you という一行が、交互に繰り返される。
In it with you。直訳すれば、その中に、あなたと一緒に。見守っているのではなく、同じところに入っている、という意味になる。
これだと思った。
この言葉が、あの時の私には足りなかった。
今、架空の生き物の図鑑を書いている。その中に、一つだけ、この話から作った獣がいる。
死ぬと決まったもののそばに来て座る獣だ。食わず、守らず、鳴かない。ただ何日もそこに居る。寄り添われた者は、苦しまず、怖がらず、手を伸ばして毛に触れて、そのまま静かになる。一人で死ぬ者はいない。
その獣の名前を、インイットにした。
作中では由来を説明していない。土地の者はこの獣を、連れ、と呼んでいるとだけ書いた。
小説は、言えなかったことを後から書くためのものなのかもしれない。