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僕と神無月さんの事情。① 3606字

 僕とお隣の神無月さんは幼なじみと言う間柄で、僕らは幼稚園児の頃から同じ学び舎で時間をすごした。
 雨の日も、風の日も、僕らは行動を共にし、今ではすっかり親友となっている。
 それは、高校に入ってからも変わりない。

「おはよう、瀬戸さん」

 今日も僕たちの家を出るタイミングが重なった。
 自家用車が余裕で通れてしまいそうな広い門から、神無月さんが姿を現す。

 神無月さんは僕のお隣さんであると同時に、超ド級のお嬢様でもあった。
 黒髪のロングヘアー、夏場にもかかわらず長いスカート、それでも汗をかいている様子は微塵もない。
 見るからに凛としたお嬢様としての風格が漂っていた。

「おはよう、神無月さん」

 あくびを交えて返事をする。

「瀬戸さん大丈夫ですの? 随分眠そうですけれど」
「あぁ、昨日テスト勉強してたから」

 今日は高校に入って初めての期末試験、その第一日目だった。
 睡眠時間はなくなるが勉強しないわけにはいかない。それは大半の生徒が同じだろう。

 しかし神無月さんは「まぁっ!」と声を上げた。

「いけないわ、瀬戸さん。寝不足はテスト時において最大の敵ですのよ? ちゃんと睡眠はとらないと」
「いや、でも勉強しないと解答に必要な知識がないから意味ないんだよ」
「それでも、本当に良い家なら一時間仮眠をとるだけで元気になるはずですわ」

 神無月さんはさらりと無茶を言うと「やはりあの豚小屋を改築しないと……」などと呟きだした。
 豚小屋と言うのは恐らく僕の家のことだろう。
 何が狙いかは知れないが、この人はやたらと僕の家を改築したがる。
 僕は三十年ローンでマイホームを購入した父を不憫に思った。

「そういえば三枝(さえぐさ)さんは一緒じゃないの?」

 三枝さんは神無月さん専属の執事である。
 いつもこうして登校するときには神無月さんの後ろについて回り、僕の鞄を無理やり持とうとしてくる厄介な存在だ。

「三枝は本日お休みをいただいてますの。昨日お酒を飲んで風邪をひいたって」
「仕事させろ」

 十分ほど歩くと僕たちの通う高校へと到着する。どこにでもありそうな、無名の公立高校。

 全国模試百番以内にいつも食い込む神無月さんは運動も出来るし、気立てもよい。
 才色兼備、眉目秀麗とは彼女の事を言い、おまけに社長令嬢でもある。
 そのためこんな平凡な学校では当然のように目立つし、人気も高い。

 校内に入るといつもの様に登校中の生徒達が騒ぎ出した。
 神無月さんが歩くと、多くの人が神無月さんに視線を寄せる。
 その美しさや気品に見とれ、長く透き通るような髪や、花が咲きそうな笑顔に注目する。
 今年入学したばかりだが、神無月さんはもはや全校生徒に知られる有名人だ。
 本人が望めば一年生にして生徒会長にもなれるだろう。

「おはようございます、神無月さん」
「ごきげんよう」
「神無月さん、今日も素敵ですね」
「あなたもね」

 神無月さんは華やかな微笑を浮かべる。
 そんな誰からも好かれる彼女の横にいるのは、決して楽なことではない。

 ◯

 教室に入るとクラスメイト達の喧騒が耳に飛び込んできた。
 テスト直前なのだ、当然ながら緊張感も漂う。
 名簿順に並んだ席に座ると、僕の丁度横に神無月さんが居る形になる。
 席に座って英語のノートに目を通していると、神無月さんが声を掛けてきた。

「瀬戸さん、勝負しませんこと?」
「勝負?」
「テストの合計点が高いほうが、相手の言う事を何でも一つ聞きますの」
「それだと僕が負けることは確実じゃないか」
「あら、勝負は最後までやってみないとわかりませんわよ?」神無月さんは悪戯っぽく微笑む。
「仕方ない、分かったよ。じゃあ勝負だ」

 勝てる見込みがまるでないのは分かりきっていたけども、別に何か嫌な事をされるわけじゃないのも分かっていた。
 彼女がこう言う提案をしてくる時は、たいてい遠まわしな遊びの誘いだったりする事が多い。
 でも、僕だって何もせずに負けるわけじゃない。
 受けたからには最大限負けないよう努力はする。

 神無月さんがわざわざ勝負と言う形を持ちかけてくるのも僕のこういった性分を理解しているからだろう。
 いくら神無月さんとは言え高校のテストで百点満点を取るのは難しい。
 僕にだって勝機はあるのだ。

「あれ? 瀬戸君どうして英語の勉強なんてしてるの?」

 ノートを眺めているとクラスメイトの葛本さんが話しかけてきた。

「どうしてって、一時間目は英語じゃないの?」
「いや、一時間目は国語よ? ほら、黒板にもそう書かれてるし」

 確かに、黒板に書かれたテストの時間割には『国語』と書かれていた。

「あれ? おかしいな……」

 僕は鞄から一枚のプリントを取り出す。
 それはテスト週間に入る前、担任が僕らに配ってくれたテスト日程表だった。
 そこには『英語』と確かに書かれている。

「プリントには確かに英語って書かれてるよ」
「うそぉ。じゃああれって書き間違い? 私、しっかり国語の勉強しちゃったよ」
「麻子、どうしたの?」

 葛本さんの騒ぎ声を聞いて彼女と仲のよい宮下さんがやってきた。

「宮下ぁ、聞いてよ。今日の一時間目英語だったんだよぉ。あの黒板に書かれた時間割、書き間違いだって」
「えっ? マジで?」

 宮下さんは目をパチクリさせる。
 彼女の手には国語の教科書が握られていた。
 彼女も英語はノーマークだったのだ。

 そのときチャイムが鳴った。
 全員が席に座り、宮下さんと葛本さんもギャーギャー言いながら席に戻る。
 そのせいで今日の一時間目は英語のテストかもしれないと言う噂が流れ、クラスに不穏な空気が漂っていた。

 クラスの人間の大半が国語の教科書を持っている。
 明らかにおかしな光景だった。
 僕らのクラスは無精者が多い。
 だから事前にプリントが配られているにもかかわらずこうして黒板の表記をあてにする。

 結局教員が持ってきたテストはやはり英語で、僕のクラスからは大きな悲鳴の渦が上がった。
 二時間目の生物でも、数学と勘違いして勉強している人が多く、数名が頭から煙を出し、しまいには爆発して保健室へと運ばれた。
 一夜漬けをした後の体力ではテスト科目を間違えたと言う絶望を耐えることは出来なかったのだ。

「事件ですわ、これは」

 テスト初日が終わり、帰りのホームルームが始まる前に神無月さんが言った。

「事件って?」
「誰かが意図的に黒板の時間割を書き換え、皆に間違った科目のテスト勉強をさせたのですわ」
「クラスの平均点を下げて、自分の成績を上げようとしたってこと?」
「そうですわ」
「間違いない! 陰謀だよこれは! 悪魔の所業だよ!」

 神無月さんの席の真後ろで葛本さんがわめく。

「麻子も私もそうだけど、クラスの大半が被害にあっているよ。みんな、基本的にテストは前日に完徹でやるから。時間割も前日に確認するのが基本なのよね。時間割書いたプリントとかもらっても、すぐになくなっちゃうし」

 宮下さんは葛本さんをなだめながら、悲しげに発した。

「決まりですわ」

 神無月さんは立ち上がると教卓に立った。
 クラス全員が彼女に視線を寄せる。

「残酷で非情な事件だと思いますわ」

 静寂が、彼女の言葉を引き立たせた。

「この犯人を許してはいけない。そう思いませんこと? 皆さん」

 そうだ、許してはいけない、いいぞ! 神無月さん、僕はこのせいで赤点を取る羽目になったんであって別に勉強してないわけじゃないんだ! 本当なんだ! この事件のせいで悪い点数を取ってしまった、悪いのは犯人だ! 犯人を殺せ! ついでにこんな難しいテストを出した教師も殺してしまえ!
 殺せ、殺せと不穏な合唱が上がる中、彼女は手で皆を律する。

「憎き犯人、私と瀬戸さんが捕まえてみせますわ」
「神無月さんが動くの? それなら安心だわ!」

 葛本さんの叫びを機にクラスがわっと盛り上がる。
 僕は極自然に自分の名前が入れられていたことに衝撃を隠せなかった。

「私も何を隠そう、瀬戸さんが前日に明日のテストは生物と英語だと教えてくれていたから被害者にならずに済んだんですもの……。だから人事じゃありませんのよ」

 そうか、瀬戸と友達だったら助かったのか。瀬戸は意外としっかりしているからな。でも神無月さんと一緒に居るとかすむよね。うん、かすむ。霧みたい。意外と顔可愛いよね。うん、可愛い、ショタみたい。俺一度瀬戸と身体を重ねてみたいんだよ。クラス中からいっせいに僕に対する評価が挙がって思わず耳を塞いだ。誰か一人耐え難い事を言っていた気がしたが聞いていないことにした。

「私と瀬戸さん、二人いれば犯人をきっと捕まえる事が出来ますわ」

 神無月さんは無垢な笑みを僕に向ける。まるで天使のように、彼女の笑顔は光に満ちている。こうなった彼女は誰にも止められないのだ。

「うん、そうだね。やろう」

 僕が頷くと神無月さんは嬉しそうに、本当に嬉しそうに子供みたいな笑みを浮かべるのだ。

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