ベッドの上では人は自分でも知らない一面を気付かず出していたり、または知ることになったりする。
と私は思っている。
それは自分の中にある、誰にも見せず隠してきた自分かもしれない。あるいは潜在的に押し込められていた、自分でも気付かなかった未知の自分かもしれない。
服を脱ぎ捨て、隠れることもできず、剥き出しで、互いに身一つで、身体と心で向き合った時、そういう部分が出てくるのだと思う。
相手のありのままを知った時、自分もこれでいいんだと思えたり、歩み寄ろうと思えたり、欲をぶつけたくなったりする。逆に、どうすることもできなくなる事もあるかもしれないけど。
みんな、みーんな素知らぬ顔で服を付け、社会生活を送ってはいるが、全員服を脱げば何かしらある。笑 無論私自身も例外ではない。
服というヴェールに包まれた私たち人間の心と身体は、求めている。剥き出しになっても大丈夫な場所を。そのままの自分を受け止めて、受け入れてもらえる事を望んでいる。服や嘘なんかで自分の隠したい部分を隠さなくても…。
故に私たちは秘め事が多い。
この人が暴かれたくて、受け入れられたくて、底の方に隠しているものは何だろう。
そういう事を考察するのはどエロいな、とか思いながらいつも湊と小春を眺めている。
あなたにも、私にも、願わくば、心も身体も全裸になれる場所があると、全裸にさせてくれる人がいると、嬉しいな、と私は思っている。