地方の町に、大きなショッピングモールができた。
それは当時の小学生だった俺にとって、まるでテーマパークの誕生みたいな大事件だった。
その頃の宝物の1つミニ四駆。
愛車は、「スピンコブラ」。青いボディに鋭いフォルム。
見た目と速そうという理由で気に入って買ってもらったマシンである。
小学生の俺は町の小さなおもちゃ屋にたまに遊びに行っていた。二階にひっそりと設置されたコースを、店長のおっちゃんに「ちょっと走らせていい?」とお願いして使わせてもらう。ウィーンというモーター音とともに、俺のスピンコブラはコースを駆け抜ける。その時間が、何より幸せだった。
そんなある日、ショッピングモールの屋上で「小学生の部 ミニ四駆レース大会」が開かれると知る。
――これは、出るしかない。
熱くなれる事が多くなかった時、俺の胸に、静かに炎が灯った。
当時流行っていたのは“肉抜き”。ボディを削り落として軽量化する改造だ。みんなシャーシをスカスカにして、少しでも速さを求めていた。だが俺は思った。
「こんなん、抜きん出れないでごわすよ。」
おもちゃ屋を巡ったでごわす。町内、隣町、
そして、出会ったのだ。
「クリアボディ」
ペットボトルみたいに透き通ったその素材を手に取った瞬間、直感した。「これだ」と。
装着して走らせた瞬間、その直感は確信に変わる。軽い。とにかく軽い。肉抜きマシンなんて目じゃないスピードだった。こんなんアイルトン・セナだ。
父さんにその話をすると、目を細めて笑った。
それからは、たまに一緒におもちゃ屋へ行き、パーツを選び、セッティングを考え、最速マシンを育て上げていった。父さんと並んでコースを覗き込む時間は、なんだか誇らしかった。
そして迎えた、レース当日。
ショッピングモールの屋上は、人、人、人。
子どもたちの歓声、モーター音、アナウンスの声。まるで本物の大会みたいな熱気だった。
俺は試走をした。モーター音と共に胸が熱くなっていた。
その瞬間、確信する。
――速い。
明らかに、速い。
ライバルたちを軽々と抜き去るスピンコブラ。
1.5倍、いや、マシンによっては周回遅れにできそうな勢いだった。
頭の中でテーマソングが流れる。
気分は完全に 爆走兄弟レッツ&ゴー!! の主人公である。
優勝。
その二文字が、はっきりと見えた気がした。
少し離れた場所で見ていた父さんも、どこか誇らしげだった。
そしてレース本番。
ライバルたちと横一列に並ぶ。
スタート台にマシンをセットする手が、少し震えていた。
「3、2、1、ゴー!」
俺は後輪をコースに押しつけ、ロケットスタートを決めた。
完璧だった。
次の瞬間。
第2コーナーで、俺のスピンコブラは信じられない角度で宙を舞った。
「えっ?!」
そして、そのまま豪快にコースアウト。
自由を手に入れたスピンコブラは、屋上を爆走し始めたのだ。
観客のざわめき。
俺の顔は一瞬で真っ赤である。
「待て待てー!!」
俺は全力疾走で追いかけた。
広い屋上を駆け回るクリアボディの閃光。止まらない。速すぎる。
……そういえば。
大会前にも、何度かコースアウトしていた。
そのたびに「よし、これで完璧だ」と調整してきたはずだった。
しかし、クリアボディは諸刃の剣。
ハイリスクハイリターン。
ようやく捕まえたスピンコブラを抱え、父さんの方を見ると、頭を抱えていた。
その日を境に、俺は二度と大会には出なかった。
父さんも、それ以上何も言わなかった。
でも…
あの屋上の風。
胸がはち切れそうだったスタート前の鼓動。
そして、全力でマシンを追いかけたあの瞬間。
今でも、はっきり覚えている。
優勝はできなかった。
でもあの日、俺のスピンコブラは、誰よりも自由に走っていたのかもしれないのでござろう。