今回の閑話では、相沢栞と水野桂一が初めて出会った頃の話を書きました。
この二人の出会いは、なるべく早い段階で書いておきたいと思っていました。
理由は単純で、これから『市影譚』を読んでいくうえで、二人がどういう間柄なのかを知ってもらいたかったからです。
桂一と相沢は、恋愛関係として描きたい二人ではありません。
もちろん、一緒にいる時間は長いですし、お互いに信頼もしています。
ただ、それよりももう少し違うところでつながっている二人だと思っています。
同じものを見て、同じ場所へ行って。
ときには意見が違って。
桂一が進もうとすれば相沢が止めることもあり、相沢が迷えば桂一が背中を押すこともある。
どちらかが一方的に守るとか、引っ張るとかではなく。
互いにできることが違うからこそ、二人でいる意味がある。
そんな関係にしたいと思っています。
今回の話では、その始まりを書きました。
相沢は、自分の職歴にあまり自信を持っていません。
工業高校。
看護学校。
病院。
事務。
接客。
本人からすれば、一つのことを続けられなかった結果でもあります。
でも桂一は、それを「いろいろなことを知っている」と見ます。
できなかったことではなく、できるようになったことを見る。
ここは、桂一という人物を書くうえでも大切にしたかった部分です。
そして、三年後のエピローグ。
朝から黄色いトラックスーツでヨガをしている男になりました。
書いていて私も、何をやっているんだろうと思いました。
ただ、桂一本人はどこまでも本気です。
冗談でやっているわけではありません。
カンフーの達人の気持ちになれば少し身体が柔らかくなるかもしれない。
ヨガマットが二枚なら三割引だった。
将棋が気になったからやってみる。
蕎麦が気になったら、実際に食べに行く。
一見すると遊んでいるように見えることでも、とりあえずやってみる。
そこから何か一つでも覚えたり、経験したり、自分の中に残るものがあればいい。
桂一は、そういう人です。
毎日ものすごい努力をしている、というタイプではありません。
むしろ楽しそうな方へどんどん寄っていきます。
でも、その楽しそうなものの中から、昨日の自分にはなかった何かを一つ持って帰ろうとする。
それをずっと続けている。
その積み重ねが、今の水野桂一を作っています。
相沢も三年間一緒にいるうちに、そんな桂一を理解するようになりました。
三年前なら、
「何をしているんですか?」
と本気で困惑していたことも。
今では、
「また何か始めた」
と思えるようになった。
そして少しだけ、
「今度は何をするんだろう」
と楽しみにしている。
今回の閑話では、二人の出会いだけではなく、そんな三年間の距離の変化まで感じてもらえたら嬉しいです。
次からはまた、市影譚らしい話へ戻っていきます。
でも、その前に。
水野桂一と相沢栞という二人を、少しだけ知ってもらう話でした。