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シリーズ3作とも恋愛ランキング入り!お読みくださる方、☆をくださった方、本当にありがとうございます~!ヾ(*´∀`*)ノ

「呪われた龍にくちづけを」シリーズですが、
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884543861
昨日、偶然シリーズ3作ともに☆をいただけまして。

おかげさまで、本日の恋愛部門の週間ランキングに第一幕、第二幕、第三幕と3作とも100位以内にランクインしております~っ!ヾ(*´∀`*)ノ

いつもお読みくださっている方々、♡や☆、レビューをくださった方々、本当にありがとうございます~!(深々)

PVは3作合わせて58万PVを超えましたが、なかなか☆をいただくことは難しく……。

まれにいただけると、パソコンの前で小躍りして(動きが超アヤシイ)喜んでおります!。゚(*゚´Д)ノ。゚ヽ(  )ノ゚。ヽ(Д`゚*)ノ゚。。゚ヽ(*゚´Д`゚)ノ゚。


カクヨムコンには新作で挑戦する予定ですが(まだ2万字しか書けておりませんが・汗)、第三幕の更新はカクヨムコン中も変わらず、4日に1回のペースアップいたしますので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします~!(ぺこり)

6件のコメント

  • こんばんはーっ!

    100位以内ランクインっ、おめでとうございます!!
    そしてカクヨムコンもがんばってくださいませ…っ(応援)

    追伸(という名の半分本題)

    今日のカクヨム・ぱーてぃ!第2回目がんばってください…ください…っ(陰ながら応援)

    逃走!!(とたとた)
  • 久遠様
     お祝いのお言葉、ありがとうございます~!ヾ(*´∀`*)ノ
     久々で嬉しさのあまり舞い上がってしまいました(≧▽≦)

     カクヨム・ぱーてぃ! 頑張ります!(≧▽≦)
     ありがとうございます~!(*´▽`*)
  •  自己評価が難しいという話の返信です。

     確かにその通りです。
     Aという作品もBという自分の作品も面白い。だから面白いという意味では同じ。Aが名前のあるプロの作品だったとして、それならB(自分)もプロになれる可能性がある。こう考えてしまうことがあります。

     でも、これっておかしいんです。
     どう面白いか、そういう視点が欠けてます。同人誌として面白い。自分が興味のある話題だから面白い。自分が書いている小説だから面白い……。

     比較するときに別の物差しを使っているんです。これでは正確に物を見ることなどできません。
     まずは共通の物差しを使うことを考えるべきです。

     例えば、僕が昔考えた、一流かどうかを判定する物差し。
     三流は『許容される』、二流は『認められる』、一流半は『感心される』、一流は『驚かれる』、超一流は『想像を超える』
     こう考えると、最初の仮定のAは一流でBは二流だったりします。

     本当は人間には相当高度な判断能力が備わっているのです。ただ、その時々で違う物差しを使って、自分を誤魔化していることが多いだけです。
     自分の能力をはかろうとする時には小さい物差しを使い、比較対象には大きな物差しを使って、自分に都合のいい判断基準を作ろうとする。これはストレスから自分を守る正常な反応なので、悪いことではありません。ただし、自分のあるべき姿を正確に見るという手段としては明らかに間違っています。

     色々な種類の物差しで比較する。ただし比較対象とは常に同じ物差しで。それを重ねていけば、本当の実像が見えてくるはずです。新しい物差しを作るため、その精度を上げるため。他人の意見はそのためにこそ必要なものだと考えています。

     
  • 油布様
     コメントありがとうございます~(*´▽`*)

    >一流かどうかを判定する物差し。
     三流は『許容される』、二流は『認められる』、一流半は『感心される』、一流は『驚かれる』、超一流は『想像を超える』

    これ、すごくよいですね!(*´▽`*)
    おっしゃるとおり、自分の中で同じ物差しを持つことは大事だと思います(*´▽`*)

    人間は基本、自分に都合の良いことしか聞かないそうですから、物差しを変えてしまう気持ちはわかりますね……(汗)

    ただ、自分の中の物差しはあくまで自分の中だけの問題ですから、自分の訓練で同じ物差しで測れるようになると思うのですけれど、一人一人がそれぞれの物差しを持っていて、それで他の方の小説を判断しているのが、なかなか現状を把握しがたい理由の一つではないのかな、と思います。

    自分の物差しではこうなんだけど、Aさんの物差しでは違うぞ、Bさんは、Cさんはまた違うものだぞ、となってくると、未熟なうちは自分の物差し自体に迷いが出てしまう気がします(><)

    まあ、複数の方に同じことを指摘されると、「ああ、ここが自分の弱点なんだな」と納得できるので、やはり他の方のご意見はありがたい限りなのですが(*´▽`*)

    もし油布様が伝えてくださろうとした内容とズレた返信でしたらすみません(><)

    ですが、物差しの話、自分を顧みる機会になりました! ありがとうございます!(*´▽`*)
  •  その通りです。シンプルなのに難しい理由がそれです。
     小説を書いている場合も、割と初期は謙虚に自分を評価しているものです。書いているうちにどんどん向上しているのがわかるから。むしろ自分の足りない部分を探すことに熱心になったりします。
     でも、そのうち簡単に向上できる時代は過ぎる。
     その時、どう考えるかです。現実をしっかりと見ればまだ向上の可能性があったとしても、自分を安心させるために物差しの方を変えてしまう。
     自分の作品をけなし始めたら黄色信号です。あれは狙って実験的に書いただけだから。失敗作だから。ガンダムの富野さんですね。

     そうなると技術的な向上どころか、作品そのものが死んでしまいます。リアルな世界の中で自分の意思を持って動いていたキャラクターが人形になり、世界も安舞台のセットになる。それに薄々気づいてしまうから、なおさらヒステリックに自己を正当化していく。
     数々の失敗を経験し、目撃してきた身として、本当はこれこそカクヨムで伝えたいことなのですが、とても受け入れてもらえる気がしません。
  • 油布様
     小説を書き始めてからずいぶん経ちますが、それでもまだまだ足りないところばかりですね……(;´∀`)
     少しは成長していると良いんですけれど(><)

     自作をけなしたくはないですね。失敗してしまったのなら失敗は失敗だとちゃんと見つめて、その上で次はよいものを目指したいです(*´▽`*)

    >本当はこれこそカクヨムで伝えたいことなのですが、とても受け入れてもらえる気がしません。 

    どうでしょう? 私が知っている書き手様達は真摯な方が多くて、ちゃんと油布様の言いたいことを受け止める方がほとんどだと思いますが……(*´▽`*)
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