ウチには、小説の執筆指南なんかできねえなぁ。
ただ、小説を書く前にやるべきことをいくつか知っている。
まず、自分の中に書きたい何か、伝えたい何か、そして『問いたい何か』があって書くんか。
それとも、なんとのう小説家になりとうて書くんか。
前者はモノになる可能性はあるが、後者はなかなか厳しい。
それと、自分が書きたいことを、どんな人に伝えたいのか。誰に伝わればよくて、誰に伝わらなくていいのか。それを肴に誰と会話したいんか。
これは小説の設計に関わることじゃけえ、小説を書き始める前にキッチリするべきだと思うんよ。本で読んだ訳じゃのうて、自分で考えたことじゃけどな。
小説を実際に書き進めて必要なテクニカルなことは、これらをクリアしてから、目的を持って考えるべきことじゃねえかなぁ。
例えば、AIは『五感が入っていて良いですね』とか平気で言うけど、字面を追って、それを己の五感に変換する読者がどれだけおるんか? そういう人にとっては、五感の描写はノイズたり得るんじゃないかのう。
例えば、AIは『説明もなく小難しい言葉を使うな』とか言いがちじゃけど、教養が高くて学びの心がある人は、こういうのが大好物なんよ。そうじゃないと銀英伝とか死ぬわ。
例えば、AIは『伏線が効いていて素晴らしい』とか言うけど、伏線を覚えてない、覚える気もない読者も多いんじゃねえかなぁ。
都合よくデウス・エクス・マキナして、ソレが派手なほど気持ちいい読者かておるやろ。打ち上げ花火じゃ。そうじゃなきゃ、なろう系なんて流行らんがな。
例えばね、テレビのトークショーで観客席の笑い声が入っているの、頭のいい人にとってはまあまあ不快じゃよね。ウチもウザいと思う。でも、アレでようやく笑いどころが分かって、笑える人というのもおるんよ。小説のキャラに分かりやすく笑わせるのも、そういう層を狙えると思うんよね。ウチはやらんけど。
想定読者として、誰を選んで誰を切り捨てるのか。その顧客の顔を想像するのは、まぁまぁ筋がええと思うんだがのう。
そして、場面場面を、その選んだ顧客の顔を想像しながら書くのが楽しいんじゃねえかなと、ウチは思うなぁ。
いきなり細けえテクニカルの話をするのは、顧客の顔を想像してないか、顧客が作家と同じ感性という先入観があるんじゃねえかなぁ。
もしかして『万人受けする』小説が存在すると思ってるんじゃろか。それは聖杯を探すようなもんだと思うがのう……?
まあ、目の前の人に、自分が考えていることを伝えようと努力できる人間なら、あらかた知っとるコトばかり並べた気がするのう。知らんけど。
ウチは、小説を書いて読んでもらうってのは、コミュニケーションだし、ありとあらゆる芸術の本質はコミュニケーションだと思うよ。情報の伝達は、相手に合わせて調節せねば効率が悪い。そう個人的には思うんよ。
ちなみに、この文章は、ものの道理の分かった大人で、子供に何かを教えたことのある人を対象に書いてあるで。そうじゃなきゃ、共鳴できる体験が、その人の中にある確率が低いけえのう。