『見えない傷跡――語らない仕事 実習生・里奈の記録』、コンテスト応募分の全5話を投稿しました。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
この物語の主人公・三好里奈は、幼い頃から家族を支えてきた女の子です。
きっかけになったのは、家族で出かけたスキー旅行での交通事故でした。
父を亡くし、弟の晴人は脊髄損傷によって車いす生活になりました。
里奈自身も大きなけがをしました。
けれど事故のあと、里奈は母から、
「あんたがスキーに行きたいなんて言わなかったら」
と責められ続けます。
父はいない。
母は家計を支えるために働かなければならない。
弟には生活の中で手助けが必要になる。
だから里奈は、自分がちゃんとしなければならない。
そう思うようになりました。
家事をする。
弟の学校や病院のことを気にかける。
母にこれ以上負担をかけないようにする。
子どもの頃から、自分の気持ちには蓋をして、家族を支える側でいようとしてきました。
いわゆる「ヤングケアラー」としての生活です。
そして大学生になり、作業療法士を目指すようになっても、その生活は終わっていませんでした。
大学へ行き、アルバイトをし、家事をし、弟のことを気にかける。
里奈自身は、それを特別なことだとは思っていません。
「自分がやるのが当たり前」
そう思って生きてきたからです。
けれど、物語が始まるころには、その生活によって里奈の心と身体は少しずつ限界に近づいていました。
そんなタイミングで始まった作業療法の臨床実習。
そして実習先として告げられたのは、かつて事故のあとに自分が搬送され、入院していた病院でした。
そこで里奈の指導者になったのが、作業療法士の宮本です。
患者をすぐ励まさない。
安易に手を貸さない。
答えを教えない。
里奈には、宮本が何をしているのか分かりません。
家族のためにずっと「何かをする」ことで生きてきた里奈と、患者のためにあえて「しない」ことがある宮本。
この二人を出会わせるところから、『見えない傷跡』は始まりました。
この作品を書きながら考えていたのは、
「人を支えること」と、
「その人の人生まで代わりに背負うこと」は、
どこで違ってくるのだろう、ということでした。
里奈は弟の晴人を大切に思っています。
だから支えてきた。
けれど、その生活の中で、晴人が自分で困ること、自分で考えること、自分で決めることまで、里奈が先回りするようになっていました。
同時に里奈自身も、自分が苦しいこと、自分も傷ついていることを考えないまま生きてきました。
第4話で宮本が言った、
「外から見えないものは、本人にも傷だと分からないまま残ることがあります」
という言葉は、この物語を書き始めたときから大切にしていたものです。
里奈の右腕には、事故でできた傷跡があります。
それは見れば分かる傷です。
けれど、母から背負わされた罪悪感や、長い間家族を支え続けてきた負担は、外からは見えません。
そして里奈自身も、それを「傷」だとは思っていませんでした。
「大丈夫」
という言葉も、この5話の中で何度か出てきます。
第1話の「大丈夫」と、第5話で晴人を抱きしめながら言った「大丈夫」。
同じ言葉ですが、少し違って聞こえていたらうれしいです。
応募作としては第5話までですが、里奈の物語も、晴人の物語も、宮本の物語も、まだ途中です。
第5話の最後に残った雪うさぎについても、ここではまだ説明しないでおこうと思います。
宮本が何を知っているのか。
なぜ何も語らないのか。
そして、なぜ今のような作業療法をする人になったのか。
その答えは、5話の先にあるものだからです。
最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
里奈たちの物語のどこか一場面でも、どこか一言でも、読んでくださった方の心に残るものがあれば、とてもうれしく思います。