諸君は奈良と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
やはり、鹿だろうか。あるいは大仏かもしれない。
確かに、マスコットキャラクターであるせんとくんがまさにそのイメージで作られているので、そう思うのも無理はないだろう。
また、古墳を思い浮かべる人もいるかもしれない。適当に掘っていたら土器が出てきて、一瞬で工事が止まる――「工事休止のお知らせ=古墳が見つかりました」という報告も、奈良ならではと言えよう。
だが、私は奈良とは「森林」であると答えたい。
奈良県の面積の約77%は森林である。吉野山の桜は有名だが、その吉野で取れる杉や桧など、高品質なブランド材の産地としても知られている。
大阪・京都方面には、大阪平野と奈良盆地を隔てる南北の丘陵性・生駒山地がそびえ、反対側には近畿最高峰の八経ヶ岳や、日本百名山に数えられる大台ヶ原山が連なっている。
この大台ヶ原付近の森林は特に深く、鬱蒼としている。例えるなら、まるで神様が宿るかのようだ。事実、この付近には立ち入ることすら叶わない原生林が広がり、深い森の静寂は神隠しの噂を思い起こさせる。
素晴らしい山であることは間違いない。ここでしか見られないほど幻想的な光景が、森の中で息吹をあげている。
だが、この雄大な自然ゆえに南部は開発がほぼ不可能で、道は狭く、コンビニもない。トイレは公衆トイレを利用するしかなく、車で訪れる者は覚悟が必要である。私自身、国道425号、通称「シニゴー」を走ったが、崖にガードレールもなく、鹿が道の真ん中で仁王立ちしていることもあり、まさに壮絶な体験だった。
さて、このような奥深い山々には秘湯も存在する。
吉野山の奥にある歴史ある「洞川温泉」は、古くから修験者や行者に利用されてきた。その近くには「天の川温泉」があり、自然との距離感が非常に近い。
さらに、日本有数の秘湯群として知られる「十津川温泉郷」では、川沿いに湯治場や露天風呂が点在し、人も少なく静寂の中で湯に浸かる体験は、都会の温泉とはまったく別次元である。
特に十津川温泉郷は、深い森の中で星の瞬きと自然との一体感を味わえる、人生で一度は訪れてほしい場所だ。ただし冬は避けたほうがよい。暖炉や囲炉裏も魅力的だが、無理をすれば帰れなくなる可能性が高い。
そして森や秘湯の神秘に触れた後、吉野山奥の禁足地や修験道の寺社を巡れば、また別の畏怖の念に包まれる。金峯山寺をはじめとする山上の寺社や奥千本の行場は、修験者以外立ち入り禁止の区域も多く、古来から神聖な場として保護されてきた。こうした場所を歩くと、森の神秘と信仰の力が自然に重なり、心が研ぎ澄まされる。
車を進めれば、奈良盆地の交通の要所、天理や針テラスに至る。天理は天理教の中心地として独特の雰囲気を持ち、針テラスはドライブ途中の休息地として、山奥から下りてきた旅人にとって文明との最初の接点となる場所だ。
南部の深い森と静寂を体験した後、さらに平地に下りれば、東大寺や春日大社など、誰もが知る奈良の寺社が迎えてくれる。東大寺の大仏や春日大社の荘厳な社殿、奈良公園の鹿たちが、誰もが知る奈良の顔として出迎えてくれる。森の奥で感じた静けさとは違う、文化と人の息づかいがここにはある。南北で異なる表情を見せる奈良は、ひとつの土地にありながら、多層的な魅力を湛えていることがよくわかる。
奈良と言えば鹿や神社仏閣の印象が強いが、文化面を語る上で外せないのが古墳である。大和古墳群、佐紀盾列古墳群、馬見古墳群が有名だが、あまりにも地味なため取り沙汰されることは少ない。飛鳥記念公園に行けば大体理解できるが、旅程に組み込まれることはほぼないだろう。
これは、化石や土器と同様、解説を受けなければその価値や意味が理解しづらい点にある。キトラ古墳の壁画のように、背景となる歴史や風土の知識がなければ、ただの石塊や壁にしか見えない。青龍の姿もほとんど消えかかっている。
こうした敷居の高さこそが、古墳を独特の文化体験にしているのだ。しかし、古墳は奈良の歴史と人々の営みを今に伝える貴重な証であり、旅の際にはぜひ訪れてほしい。
ちなみに、大体の古墳は公園になっていて、奈良県民にとっては「古墳=公園」というイメージが強いように思える。古墳で待ち合わせができるのも、奈良県くらいだろう。
食で言えば、山間部ゆえに生まれた保存食(柿の葉寿司、寒天、葛)が有名で、特に葛の滑らかな口当たりは忘れがたい。他にも挑戦として奈良漬けを試すのも面白いだろう。天スタや彩華ラーメンも、旅の途中に染み入る味だ。
奈良は酒もまた魅力的だ。菩提山の正暦寺は清酒発祥の地とされ、米と水の輪郭がはっきりした味わいは、賑やかな酒ではなく、まさに『森から下りてきた舌を静かに戻す酒』である。
そして、こうした土地の味わいを支えるのは、奈良の人々の性質かもしれない。奈良は、隣がどれだけ騒がしくても歩調を変えない。それは鈍さではなく、土地に染みついた慎重さだ。森の静寂と同じリズムで、人々は日常を営む。
さらに奈良には、森や山と結びついた祭りや行事も息づいている。春日大社の万燈籠や吉野山の桜祭りのように、派手さは控えめでも、土地の人々の営みと信仰のリズムが今も息づいていることを実感させる。こうした文化の営みは、森と人とが重なり合う奈良の姿そのものだ。
私はそんなのんびりとした独特の空気のある奈良が好きです。
最後に、こうして奈良を巡った旅人は、森の静けさと人々の営み、食や酒の味わい、祭りや文化のリズムを胸に刻みながら、次に手に取るお土産にも自然と目が向くことだろう。
ということで、恒例のお土産である。
🔳 お菓子類
・みむろ最中/白玉屋榮壽(桜井)
▻皮パリで中のあんこがほどよい甘さ。
・きみごろも/松月堂(宇陀)
▻美味すぎて飛ぶ。日持ちしないのがネック。
・団子/だんご庄(橿原)
▻大和名物。こちらも日持ちしないが一度は食べて欲しい。
🔳 変わり種
・葛湯/天極堂(吉野)
▻吉野本葛の老舗。寒い日におススメ。一度は試してほしい。
・奈良漬/今西本店(奈良)
▻日本で唯一「純正」の呼称が許された奈良漬。瓢箪もあったが、今はもうない。
・松風/雲水堂(田原本町)
▻ここでしか手に入らない直径約54cmの巨大な焼き菓子。
▻食べる時は机に思いっきりぶつけてからバラバラにして食べる。
▻歯が折れるかと思うくらいに固い。
・曽爾高原ビール/曽爾高原ファームガーデン(曽爾)
▻ピクニックに行って、温泉に入り地ビールを飲む。
▻難点はこの黄金コースには別途運転手が必須という点である。
🔳 飯系
・彩華ラーメン(天理)
▻天理のご当地ラーメン。天スタの元祖。
▻彩華ラーメンの方が個人的には好き。
・柿の葉寿司(吉野)
▻京都で言えば八つ橋くらいに有名。色んな店舗があるので食べ比べにおススメ。
▻個人的には「ひょうたろう」を推したいが吉野にしかない。
▻他にも長谷寺にある「とらせ」も風情を味わえて良い。
・風の森/油長酒造株式会社(御所)
▻美味しい日本酒。奈良の郷土を味わえる。お試しあれ。
写真は大台ケ原にある大蛇嵓からである。