こんばんは、じうです。
タイトルの通りです。
カクヨム甲子園中間選考、3作品通過しました!!!
(なろうみたいに、太字になるHTML欲しいなあ)
よかったよかった。うん。
応募期間が終わってからも、毎日カクヨムを開いてたんですよ。楽しみすぎて。
しかし10月に入ってもなかなか選考結果が出ず……もう来ないのかとうっすら思い始めた頃でした(そんなはずはない)。
前回の近況ノートで「本命」として挙げた2作は無事通りました。このまま受賞してほしいなあ。いったれ大賞!
その他にもう1作、こちらも作者お気に入りの作品が通りました。嬉しい。
欲を言うと、『クリスマス、橋の上から、彼女は俺を突き落とす』も通ってて欲しかったのですがね……。応募数激増したし、流石に選考も厳しくなってるかな……。(自作に瑕疵があったとは思っていない)
ところで、通過はロング2作・ショート1作だったのですが、じうの応募数はショートの方が多いんですよね。それでも通過したのはロングの方が多かった。やっぱり長編の方が得意だなあと改めて思いました。セッテイコリタイ。ヨウヤクニガテ。
やっぱりこれって近況ノート的には長いんですかね?(3回目の質問)
まあいいや、これからもじうの近況報告はこんな感じで長々とやります。だって要約苦手だし。
それではここまでお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
中間に残った方はライバルですね。対戦よろしくお願いします。
中間に残れなかった方も、次作楽しみにしてます。やはり、書きたいから書いている人が多いと思うので。これからも書きますよね?
私は常々思っているのですが、「書く側に一歩踏み出した」ってすごいことだと思うんですよ。
世の中、読むだけの人が大半じゃないですか。私もかつてそうだったのですが、「作者」「作家」「記者」「漫画家」とかの物語を私達に届けてくれる方々って、なんとなく、別人種というか別次元にいる人だと無意識に線を引いてしまっている気がするんですよね。だから、「自分も書いてみよう!」という思考回路にならない。実際私も、小説を書いていることを周りに言うと大袈裟なくらい驚かれました。皆、目玉飛び出てた。
でも、カクヨム なり 小説家になろう なり他の所なりで書いたり投稿したり、あるいは公募に参加している方々って、その線を飛び越えて「届ける側」「書く側」に来たわけじゃないですか。書く・書かないで優劣がつくわけではないですが、その「飛び越えた」ことって誇っていいことだと“私は”思います(反論対策の保険)。価値観がガラッと変わる。そして、書き続けてる人はさらにすごい。だって執筆、楽しいことだけじゃないし。
まあ、中には「気づいたら小説書いてました」みたいな方もいるのでしょうけど。それはそれですごいと思う。ちょっと羨ましい。
結局何が言いたいかというと、小説家(プロアマ問わず)であることを皆様誇っていきましょーということです。必要以上にこそこそしなくてもいいのかなと。
え、まとめになってないって? 気にしない気にしない。要約苦手だって言ったじゃないですか。
さて、私はこれからしばらくは受験勉強に専念しますが。
皆様の執筆&読書ライフが、これからも素晴らしいものとなりますように!
あと、受賞できますように!
次の近況ノートは最終選考の結果が出た時かな。共テ1か月前ですね……。
他の方の中間突破作品は、ちょくちょく読みにいくつもりでいます。だから、たまにカクヨムに現れた時は「お、じうって奴ちゃんと生きてるんだな、よしよし」くらいで思っておいてください。
それでは皆様、よい「読書の秋」をお過ごしください!
秋の夜長のお供にぜひ。↓↓↓
『青い夕立』ショート部門/現代ドラマ
https://kakuyomu.jp/works/2912051601949887831
『濡れない夢で手を掴む』ロング部門/現代ドラマ
https://kakuyomu.jp/works/2912051603435485460
『そして、君のいない冬が来る。』ロング部門/現代ファンタジー
https://kakuyomu.jp/works/2912051601476028573