もちろん中には読めるものもある。たとえばシリーズ物のライトノベルを十巻以上出している人の十巻以降の作品とか、物語がとびきり面白くて文章なんか関係ないと思わせてくれるようなちょっとした魅力のある作品とか。
でも、たいていのライトノベルは冒頭の文章を読んだ段階でつまずく。
これはたぶん年齢によるものなんだろうな、と思った。
自分がまだ高校生の頃は小説といったらやはりライトノベルで、そのライトノベルすらも会話以外の文章を読まないくらい粗末なものとして扱っていた。漫画やアニメを見るのがほとんどで、活字なんてむしろ嫌いだったように思う。
ただ、最近は自分が小説を書くようになった所為か、ライトノベルのような作品に苦手意識が芽生えつつある。
たとえば一文ごとに改行をしたりだとか、会話文の中に「うがああああああ」と叫び声をあげるようなものだとか。
漫画のように軽く読めるものをたぶんライトノベルと呼ぶのだろうが(実際、僕がライトノベルを読んでいた理由もそれだった)、ただ物語を書いているだけなら、別に漫画とかアニメでいいよね、ってちょっと思ってしまう。
悲しいことではあるけれど、僕はもう、ライトノベルが読めないんだと思う。
事実、ライトノベルを買った覚えがここ数年まったくない。ライト文芸――いわゆる大人向けのライトノベルを買ったことはあるが、それも一部の作者のものだけで、たいていは試し読みの部分で挫折する。
なぜこうなってしまったんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。
小さいころ、親や先生が口うるさく「活字を読みなさい」と言っていた理由が、よくわかった気がする。あの人たちは別に本がとびきり好きだったというわけではないのだ。
おそらく、僕と同じようにライトノベルが読めなかったんだろう。近所で走り回る子供たちを鬱陶しいと感じてしまう、そんな気持ちによく似ていた。世の中に寛容になれれば、そういう子供たちもほほえましく見守れるのだろうが、僕たちのような大人になり切れていない大人は、目が濁っているので世の中の大半のものを恐ろしく幼稚なものだと見下す。
きっと、僕がライトノベルを書くのは今書いている作品で最後になるだろう。
あるいは、途中で書くのをやめてしまうことがあるかもしれない。
自分の書いた小説を読み返すと、文章が稚拙すぎて虫唾が走るのだ。それくらいにはライトノベルが書けなくなっている。