最初で最後の小説 幻想と祈りをテーマに、ビジュアルノベル的構成の小説を執筆しています。 現在『ミヌシロ ―白糸の祈り―』を連載中
南の島からの帰国子女。 ライトノベル作家。 2005年講談社ホワイトハート新人賞受賞。 リーディングシアター(朗読)の脚本執筆、ボイスドラマノベルス(Google Playから発売されていました)の脚本協力、声優事務所の養成所の教材提供の傍ら、2018年〜2024年『文学フリマ東京』にてサークル参加。 現在、実話怪談(エッセイ)が一番人気。 インスタ(@aida_honoka_books)も元気に更新中♪
鶯の谷渡りをまた聴きたい。 私が文を書くのはこれだけのためかもしれない。
尾川喜三太(ヲガワ・キサンタ) 前衛詩歌/實驗小説/幻想/奇譚/耽美 批評空間の創造/私語のない排列のみの靜肅な場 文學的な場の再編/を他に強要することなくたゞ私の場に於いて淡々と體現すること 文學が滅びたあとの世界。人が文學の名の下に抽象的に集合的な場を形成しやうとしはじめるや、その場はたちまち商業主義に汚染されるだらう。文學が滅びたあとの私たち不幸な世代におかれては、點的に文學的な人間は存在するが、私たちのあいだに文學は存在しない。我と汝のあいだにすら文學は存在しないのかも知れない。文學が存在するとすればそれは孤獨の中にしかありえず、志ある者は、こんなにも交はれない點的な形でしか修養してゆくことをゆるされないのだ。はたしてこの孤獨に耐へうるか――? かくて孤獨であるために交流をしない方針をぶち上げる。寸評を書くことによってのみこれに代へたい。 現代の文學的状況は、見るからに、私が自分の腦みそと身體を使いきるには――私が時間のゆるす限り、全身全霊を傾けて取組んでも足りずにあっぷあっぷしてゐた頃に比べ、あまりにも規模が縮小して了ったやうに思ふ。自分の身の廻りにしか心を配らない矮小な關心が、文學的状況のはるか手前に焦點を結んで了ってをり、直接的な利害をはなれた問題提起がこの場では決してなされない。嘗て文學は倫理的な力で人の關心の射程をのばした。お互ひにのばした關心の重なるところに文學の場は形成されてゐたが、文學は倫理的な力を失ひ、人々の關心の射程は縮小し、關心の重なる場(純文學)はかくて消失したのである。
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始めての投稿で、誤字、脱字、色々ありますが、よろしくお願いします。 [ 体全体で手が滑ったー! ] そんな感じで書けて行ければ、良いかな〜なんて思っています。
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