雰囲気でも伝わったらいいなw
商店街を歩いていたら、顔面から何かに激突した。
「痛ってー!」
思わず尻餅をつく。ぶつかったはずの目の前には、何もない。まるで、見えない空気に殴られたかのようだ。
「うわ、お前ハトみたいにぶつかるな! 大丈夫かよ?」
後ろから、友人のテナルが腹を抱えて笑っている。
「笑うな! なんだよこれ…」
文句を言いながら立ち上がり、恐る恐る手を前に伸ばす。指先に、ガラスのような冷たくて硬い感触があった。確かにそこに、透明な壁が存在している。
次の瞬間、その壁に黄色と黒の縞模様が浮かび上がり、『封鎖中』という無機質な文字が投影された。
「……封鎖?」
「事件かな」
テナルが壁をコンコンと叩く。硬質な、まるで分厚い水晶を叩いているかのような音がした。
「事件って、この辺で?」
俺が首をかしげていると、背後から苛立った声が飛んできた。
「おい、どけよ。通れないじゃないか」
振り返ると、作業着を着た中年のおじさんが腕組みをして立っていた。汗だくで、眉間に深い皺を刻んでいる。
「すみません。俺たちも今ぶつかったばっかりで……」
「ちっ、また封鎖かよ。最近多いんだよな、こういうの」
おじさんはそう吐き捨てると、壁をバンバンと叩き始めた。当然、びくともしない。
「まったく。急いでんのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、おじさんは壁沿いに歩き出し、迂回路を探しに行った。
「……なんか、普通のおっちゃんだな」
「そりゃそうだろ。この街の半分は普通のおっちゃんで出来てる」
テナルが肩をすくめて軽口を叩いた、その時だった。封鎖の向こう側から、規則正しい足音が聞こえてきた。
「そこの君たち、少しいいかな?」
声の主は、銀色の鎧に身を包んだ警備兵だった。封鎖の一部が揺らめき、兵士が外に出てくると、俺たちの前で立ち止まる。その真剣な眼差しに、思わず背筋が伸びた。
「この辺りで、何か変わったことはなかったか?」
「いえ、何も……」
「怪しい人物を見なかったか? 不審な音とか、光とか、あるいは空間の歪みのようなものを」
警備兵は、やけに具体的な質問を重ねてくる。
「特には……」
「そうか。もし何か気づいたら、すぐに報告してくれ」
そう言い残して、兵士は再び封鎖の中へと戻っていった。
「……空間の歪みって、けっこうヤバい事件なんじゃないか?」
テナルが不安そうにつぶやく。
「警備兵が出てくるくらいだ。ただの事故じゃないだろ」
俺たちが顔を見合わせた、まさにその時だった。
「道を開けよ!」
後ろから、空気を震わせるような威圧的な声が響いた。
振り返ると、黒と金の豪華な装飾が施された、見るからに高級そうな馬車が近づいてきていた。道の両脇にいた人々が、慌てて道を開けている。
「あれって……」
「貴族の馬車だ。それも、かなり上等なやつ」
テナルが小声で言う。
馬車が封鎖の前で止まると、従者が恭しく扉を開けた。中から現れたのは、陽光を反射して輝く金髪の若い男だった。白を基調とした上質な服に、腰には優美な細身の剣。彼が降り立った瞬間、周囲のざわめきがぴたりと止み、空気が張り詰めた。
「あの人……もしかして」
誰かがささやく。
「エルディス様だ……!」
「勇者エルディス!?」
その名をきっかけに、今度は感嘆と興奮の波が広がった。
勇者。それは、魔王を倒すために選ばれた、おとぎ話の中だけの伝説の存在。
「マジかよ……」
テナルが隣で呆然としている。
勇者エルディスは、封鎖の前で警備兵と何か話し始めた。その表情は険しい。
「こんな近くで、勇者が動くような事件が起きてたのか……」
俺は息を呑んだ。これは、ただの封鎖じゃない。
そう思った瞬間――
「あー、やれやれ。結局通れないのかよ」
さっきの作業着のおじさんが、盛大にため息をつきながら戻ってきた。
「迂回路も封鎖されてやがる。ったく、仕事に遅れるじゃねえか!」
おじさんは勇者の姿をちらりと見たが、特に驚いた様子もなく、再び壁に向き直る。そして、今度は拳で力任せに叩き始めた。
「おい、いつまで封鎖してんだよ! こっちは急いでんだ!」
ゴツン、ゴツン、と鈍い音が響く。その瞬間、壁が微かに、本当に微かにだが、ビリビリと震えたような気がした。
その姿を見て、俺はなぜか少しだけ安心した。
こんな非日常的な状況でも、いつも通りに文句を言える人がいる。
――それが、日常ってことなんだろう。
俺はそう思った。
でも。
その時の俺は、まだ知らなかった。
この場に、伝説の勇者と、そして全ての元凶である魔王が、揃っていたことを。