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茨の王と毒の魔女

「    を国家追放とする」
 と宣告されました。僕は。
 ある日の城内の一室でのこと。
 この国で最も偉いであろう王様から。
「罪状、救世の失敗」
 と続く。
 嘘偽りのない真実である。
 僕は失敗してしまった。この世界の救済に。
「なお、この罪は魔王討伐を果たせば効果は失効されるものとする」
 まだ続くのか、と内心辟易しながら聞いている。
 とってつけられたような失効条件だった。
 周りではこの国の重臣が五人僕を囲うように立って俯いている。
 重臣達の表情を盗み見すると、どうやら嘲笑を堪えきれないようだった。
 どうしたのだろう? 僕の勝ち負けを非合法カジノで賭けていたと誰かが言っていた。
 王様が罪状を読み終わり、僕は手錠を引っ張られ部屋を出される。
 最後に王様の方を向くと老けた表情から哀愁を感じる瞳と目があった。
 そのまま外に用意されていた魔術加工の鉄の檻に入れられる。
 暴れないようにだろうが元よりそんなことをするつもりもないし、僕はそもそも汎用型に不向きな属性なので独りではそこまで魔法を使えない。
 大通りを通るために何体かの竜騎兵が檻を囲み、馬によって引きずられている。
(まるで見世物のようだな)
 と心の中で毒づいてから、十八年間暮らした街を眺めると市民たちは通路脇に集まっていた。
 人々が思い思いに俺を見つめている。
 大半の人間は恐れて盗み見する程度だが、石を投げてくる若いものもいたりする。
 たまたま飛んできた頭に石がぶつかり、痛みがするところに触れてみると血が流れていた。
 当たるとは思っていなかったのだろうか? 観衆から悲鳴が聞こえる。
「こんなのも避けられないようじゃ世界なんて救えねえよなあ?」
 竜騎に乗っている周りの兵士が覗き込みながら煽ってくる。
 少し前まで共に戦っていた兵士達ではない若手だ。
 恐らく僕を知っているものだと情が移ると判断されたのだろう。
 確かに彼らは被害者だ。
 改めて自分は失敗したのだと思い知らされる。
 惨めな感傷に浸っていると境門につく。
 この先は毒霧が充満しており先を見通すことができない。
 境門とは国土と毒霧の境目になっており、結界が張られており中に毒霧が進入できないようになっている。
 ちなみに、この毒の中で過ごすと通常の人間だと徐々に浸食されていき三日程度で嘔吐などの症状にみまわれ大体一週間で死に至るとのこと。
 こんな災害のようなものだが、この毒霧のお陰で人類は全滅を免れたそう。
 僕が救世に失敗し、魔王軍が進撃しようとした刹那、突如現れた孤毒の魔女という人物が毒霧を大量発生させて食い止めたらしい。
 らしい、と言うのはその頃僕は敗走に忙しく気を使っている暇が無かったということである。
 まあ、こうして人類の領域が現存しているということは事実なのだろう。
 そして、今ここに連れてこられた理由は単純明快、手を下さない死刑のようなものだ。
 檻から出されて開いた境門の前に手錠のまま連れて行かされ外に蹴り出される。
「……グッ!」
 臓腑をど突かれ思わず横転してしまう。
 痛みに耐えながら門が無慈悲に閉まっていく様子をしばし見つめる。
 しかし、そこには一片の希望すらなかった。
 毒のせいで若干苦しく感じるが、取り敢えず進もうと体を動かす。
 僕は汎用魔法を使えないので毒から効率的に身を守る術がない。
 すぐに動けなくなっていくのがオチだろう。
 他人事のように考えている自分が冷静なのかどうかわからなくなってきた。
 精々死に場所を探そうかと森の奥に入ってく。
「霧が酷くて太陽すら見えないな」
 独り言を呟きながらずんずんと進んでいく。
 段々手錠が重くなってきたので近くの石に叩きつけてみたが頑丈にできており傷すら入らなかった。
 手首がジンジン痺れるのを感じながら諦めて歩いて行くと、少しだけ森が開けて湖にでる。
 なにも持たされないで門外に放り出されていたので、せめて喉を潤そうとして、水面を覗きこみ後悔。
 毒がたまり湖は紫色に変色していた。
 これでは飲んだところで結果的に自殺行為である。
 何かないかと湖の周辺を見渡してみると、水を飲んでいた毒によって特異化した狼と目があった。
「あっ! やばっ」
 こちらは丸腰である。装備が充実していた頃ならまだしも今の状態で勝てるはずがない。
 思わず開いてしまった口を慌てて塞いだが、もうすでに時遅し。
 既に目の前には黒ずんだ血管が浮き出て筋肉が増幅し、体全体が自分の三倍くらいの高さがある巨体が立ちふさがっていた。
 魔弾の生成は苦手である。よって僕は単純な身体強化魔法を自分の体にかける。
 僕の頭を喰らおうとする噛みつきを右に避け、瞬時に方向を選択し走り出す。
 二度目の踏みつぶすような攻撃を避けそのまま狼の横を走り抜ける。
 また霧が濃くなっていく。
 底知れない恐怖感。
 方向感覚が曖昧になっていくなかそれでも走りつづける。
 咆哮が聞こえる。恐らくまだ後ろから追ってきているのだろう。
 だんだんと息が上がり、動悸が激しくなる。
 足が若干もつれる。
「うっ」
 突如体のバランスが崩れる。
 足を何かに持って行かれ、転がってしまう。
 何しろ物凄い速度で走っていたのだから、二メートル程度地面に体を削られる。
 肩から転んだからダメージは少ないものの、後ろからの狩猟者は待ってくれない。
 刹那、後ろから飛び込んできた狼の爪によって左横にあった樹木が深く抉られる。
 木屑が頬に当たって血がでるが気にしていられない。
 何か使える植物はないかと辺りをさっと見渡すが全て毒で汚染されてしまっている。
 目の前には狼が涎を垂らしながら近づいてくる。
 今更ながらに識別名フェンリルだったことを思い出す。
 血走った眼を眺めこいつも色々と苦労してきたのかなあ? と能天気なことを考える。
「……悔しいなあ、畜生……って、うわぁぁあああ!」
 此処から逃げなくては、という焦燥感に駆られ後ずさりすると、そこの地面に穴があいていた!
 いや、正確に言えば特殊属性のワープホールである。
 どんどんと頭から地面に開いた穴に吸い込まれていく。
 吸い込まる力に逆らって反射的に上に手を伸ばす。
 すると、手に冷たい濡れたものが当たった。
「あぁ、そうか。やっぱりまだ、死にたくなかったんだな」
 暗闇に吸い込まれながら、僕は今更思い出された感情を噛みしめていた。
 

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