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ボーゲン?個人的意見なのでスルーよろで。

 飛鳥時代の話を書いておりますが…
歴史系のものを書くと指摘が好きな方々が来るとの
噂を耳にして戦々恐々として… ないかな…。

時代考証は必要だし、歴史と極端に違うものはどうかと思う反面、
それが本当に正しいことなのか?とも思うことがあります。 

史料が全てではないし、書き残した人の立場や考えによって
同じ事象でも見え方は全然違うはず。
同じ史料でも内容が相反するものもあるし…。

本人が書き残したものであっても状況によって
本音を書いているのか、そうではないのか…
そんなこと本人以外に知りえないわけだし。

正しい!の根拠は史料でしか確認できないけど史料が絶対的に正しいの?
小説とか創作作品なのだし自由はあってもいいと思うのは
ダメなのでしょうかねぇ。

違う!と批判する方も現代の方であって
当時生きていたわけではないし、本人を知ってるわけではない。
なのに「違う!」と断言できることの方が不思議に思うのですよ。

本人を知っていたとしても、関わり方、交流の深さなどで
違ってくるし、当の本人はどう思って接していたかなんて
本人以外には分からないんだし。

どれほどきちんと出来た歴史小説であっても、あくまでも小説。
歴史そのものではないはず。
一言一句歴史の通りに!というのであれば
小説なんか意味をなさないし、誰が書いても同じなのでは?

真実はタイムマシンに乗って確かめる… 
それでもその人の本音にたどり着けるとは限らない。
って暴論ですかねぇ…。

2件のコメント

  • 私は時代劇が大好きですが一言一句歴史通りに書かれているものはないと思いますよ。あるとすれば歴史資料か教科書くらいではないでしょうか。
    誰かの視点でその歴史をみて、ひょっとしたらこうだったかもしれないという発想や想像が面白いのだと思います。小説ですから。

    難しい事は分かりませんが見てきたような感じで書かれている歴史小説でも想像やちょっとした嘘を交えていることがあるのでそれほど気にすることもないのではと思いますが。

    作品によって実在の人物のキャラが違い過ぎてツッコみたくなるときもあります。ただ私が直接知っているわけでもないしエンタメなのでそれはそれでありかなと思ってます。

    一度あったのは何年何月何日の丑の刻の月の形(十六夜とか下弦とか)が書かれているものと実際は違うという指摘をされたという作家さんがいたことでしょうか。

    細かいなぁと思いましたが知っている人からすると気になるんでしょうね。
  • いつもコメントありがとうございます。

    私も時代劇が大好きでよく見てました。
    痛快娯楽番組、勧善懲悪がお決まりのパターンと知りつつも好きでした。

    確かに一言一句歴史通りの作品なんて在りえないですよね。
    新しい視点から創作されるからこそ小説の楽しさはありますよね。

    ここではないんでてすが、、、
    「この人物はこういう言葉はいいません」とか
    「こんな性格ではありません!」と指摘する人がいました。

    あるいは、某有名歴史小説家の作品を引き合いにして
    「〇〇先生の作品では、そんな風に書かれてないです」
    と、作家先生が書いたものが正しい歴史の様に思う方もいて
    呆れてしまったこともあります。

    その人個人の思う人物像と違うものは認めないという方がいたんですよ。
    特に人気のある歴史上の人物が好きな人に多いと感じます。

    時刻と月の形の指摘。ものすごく細かいことをご存じな方なのでしょうね。
    知ってるからこそ、気になることがあるのは分からないでもないのですが、
    そんなにスルースキルも必要あってもいいですよね~。
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