本日、21時21分に「その波模様は何を描く」の最終話を投稿します。
と、その前に、近況ノートでは、なぜ『波』というものを題材にしたのかを、綴っていこうと思います。
「この世界には波がある」
私たちが住むこの世界には、必ず『波』というものが存在します。
波は必ず上下を繰り返します。
大きく上がれば、大きく下がる。小さく下がれば、小さく上がる。
これは「つねに変化している」ということです。
さらに、波というものは、他の波に触れたとき、簡単に変化をしてしまいます。
反発し合って跳ね返ったり、少しずつ同調していって、最後には同じ波になったりもします。
どちらか一方が強ければ、弱い波は簡単に飲み込まれたりもするでしょう。
こういうことが、私たちにはつねに起こっているんですよね。
仲の良い人といると、互いの波はおそらく同調しているのでしょう。
逆に嫌な人といると、互いの波は反発し合い、重なり合うことはないでしょう。
何か嬉しいことがあれば、自然と楽しい気分になります。
逆に悲しいことがあれば、自然と辛い気分になってしまいます。
恥ずかしながら、私はこういったものに翻弄される人生を送ってきました。
「人間なんだから当たり前」と言われればそれまでですが、あまりに波の上下が大きすぎると、上がったときは良いのですが、下がったときはまさにどん底を味わうことになります。
人によって、どのようなものがどん底なのかは違うでしょう。
金持ちから借金まみれになったとき。
多くの人から信頼を集めていたのに、その信頼をすべて失ったとき。
大きなものを築いたのに、それが綺麗に崩れ去ったとき。
色んなどん底がありますが、一言で言えば、それは「それまでの自分がすべて無くなる」ということに他なりません。
本当にどん底に落ちたとき、そこには「生」か「死」しかありません。
この二択が目の前に迫ってきたとき、どちらを選んでもおそらく地獄のように苦しいでしょう。
でも、そのどん底から「生」を選べる強さがあれば、必ずそこから抜け出せるはずです。
この世界にある波に翻弄されてしまうと、どうしても自分が思ったような人生を生きるのは難しいでしょう。
ですが、自分の波を簡単に変えない。どんな波が打ち寄せてきても微動だにしない。
そんな強さを持つことができれば、少しぐらいは自分らしい人生を生きていけるのではないかと考えています。
だから、私は『波』というものを題材に、小説を書きはじめました。
同じように、色んな波に翻弄されて生きている人が、自分の波を大切にして、少しでも自分らしい人生が生きていけるように。
皆さんが、自分の『波』に一度でも目を向け、見つめ直すきっかけのようなものになればと思っています。
ここまで、ありがとうございました。