3.桜の機の下で
別に今日と云う日に意味なんてないよ……たまたまさ。思い立ったのが、今日だっただけさ。ああ、そういえば桜が満開できれいだったなぁ。
まず、私が育った施設に行くだろう。そこで、職員という名前の構成員を四人だったかな。ナイフでサッサッと足の腱を切って跪かしてから、喉か延髄をさくっとね。
教官に譲ってもらったスウェーデン鋼で作った日本刀のような薄く頑丈なナイフさ。突くも良し、切るも良しの絶品だよ。
そんなに引かないでくれよ、背が低いあたしがガタイの良い奴らを片付けるのに他に良い方法が無いんだ。はしごでも持って行けって言うのかい?
次いで母体の組織事務所へ向かってね。女子トイレに隠していたカメラ映像に夢中になっていた二人のうち、直ぐに一人頚をコキン、もう一人は振り向きざまに喉を一閃さね。異変に気付いてやって来たのを四人のうち三人をサイレンサーの付いたチェコ製の拳銃でパスパスパスと始末して、残りの一人を締め上げて案内させようとしたら、何かが刺さる感触と同時にビリビリッとしびれて気を失ってしまったよ。
皆殺しにするつもりだったからね、爆弾でも体に巻き付けて行けば良かったんだ、そうすればその瞬間ドカンで綺麗に片付いたんだろうけれど、生憎とそちらには明るくなくてね。
意識が戻ると両手を縛られ椅子に座らされていたよ。直ぐに私を殺さなかったのは誰かからの依頼かどうか聞き出したかったからだろうね。あるいは誰かが手柄なんてものにこだわったのかもしれない、そういうバカは世の中にゴマンと居るからね。
引っ叩かれて「誰の指図だ!」とか聞かれても答えに困るよ。まぁ何と云っても、ただの思い付きだからね。いつ終わっても良かったよ。
きっとこの後、私は、ミキサーにドボンだろう。今まで散々自分がやってきたんだ、何も文句なんてないさね。バラバラの肉塊になってライオンの餌さ。
ただね、そうさ、この時、この時さ。
無性に、そう、煙草が吸いたくなってしまってね。
どうしても満開の桜の樹の下で、煙草が吸いたくなってしまったんだ。
私は手首の関節を外して縄を解くと、座ってた椅子で目の前の男の頭をガンさ。
直ぐ殺すつもりの人間に対して、詰めが甘くなるのは良くないことだよ。足も椅子に括りつけておくべきだよ、もちろん椅子も床に固定しておかなきゃね。覚えておいてくれよ。
生殺与奪の権を誇示したかったのだろうね。ちらちらと銃口をこっちに向けては引き金を引く素振りを見せるんだ。世の中、何があるか分かったものじゃあないからね。四六時中引き金に指を掛けておくべきではないよ、特に最近のポリマーフレームの拳銃は引き金を引き切ってしまえば撃ててしまうからね。
殴られて朦朧としている男の右肘に左腕を巻き付けると力の抜けた関節ごと自分の右手に体重をかけて、そいつの持っていた銃をそいつの顎に押し当ててズドン。思いがけずに大物の一人を殺れたのは幸運だった。今までさせられたことを思い返せば、大いに気が晴れたものさ。
そうして、驚いてる取り巻き四人もズドン、ズドン、ズドン……。
驚きは出来れば排除しておいた方が良いよ、そのコンマ数秒でさえ命取りだからね。
例えば、そうさね、野球のキャッチャーがいるだろう。彼ら、ああ、まぁ彼女のパターンもあるんだろうが……まず、狭い視界だろう。そこへ向かってくる百キロ前後の球、これだけで十分に怖いのにだ、数十センチ手前でバットを振られるんだ。力一杯のフルスイングでね。それこそ人を殺せる程のだよ。でもキャッチャーは瞬きをしないんだ。そう訓練を重ねているからね。でないと、もし、変化球だったら変化の先へ対応出来ないだろう。バットに当たった球の行方が分からなくなるだろう。キャッチャーフライだったら捕らなくてはいけないしね。ああ、すまない、別に野球に詳しい訳ではないんだ、想像で物を言ってるだけさ。深くは聞かないでおくれよ。一瞬の驚きが生死を分けるっていう話さ。
きっと、SPなんかも、そうなんだろうね。あらゆる想定のあらゆる訓練を繰り返していることだろう。でないと咄嗟に行動には移せないものさ。コンマ何秒で要人を護るんだ。大したものさね。
だけどその時のあたしは四人目に銃を向けた時、そのコンマ何秒かの間に走馬灯のように思いが駆け巡ってしまったのさ。
『ん? おや? 君はもしや、祐一郎じゃあないかい?』
『…………』
話し掛けたけれど、あいつは黙ったまま銃をあたしに向けたままだったからね。撃つ気があるのかないのか計りかねたあたしは、思わず煙草を咥えてしまったよ。
『はは……そうかいそうかい、いやすまないね。まさかこんなところに居るとは思ってもみなかったよ。はは、そうかいそうかい。いやすまないね、ここからだと君の顔は暗くて良く見えないんだよ。いい男になったじゃあないかい』
『……まだダンマリかね、しょうがないなぁ。これなら上等なスコッチの入ったスキットルでも持って来たら良かったよ。いや、シングルのヴィンテージラムも捨て難いな』
そこであたしは見てしまったのさ、頬を伝う一筋の涙を。
『泣き虫は、変わらんな』
『……そうか、ああ、いつまでも子ども扱いするなってか、ははは、すまないね』
『……よかったら、煙草に火を着けてくれたまえよ』
『……ハッピーバースデイ、姉さん』
あいつはそう言うと引き金にかけた指に力を入れた。それを感じたあたしは本能のままに体を捻じって、自分の銃の引き金を引いたのさ。
二発の銃声の後に残ったのは、祐一郎の死体と火箸を突っ込まれたようなわき腹の痛みだけ。
噂によると、ここから五秒間だけ意識が無いらしいのだよ。果てさて、どうだろうかね。
あたしは咥えた煙草に火を点けるのも忘れて、祐一郎の死体を見下ろしてけれど、聞こえてきたサイレンにようやく我を取り戻して、その場から立ち去ったのさ。