多分、六歳だか七歳ごろの話だ。
エドアルドくんは引っ込み思案の幼馴染をお家に呼んだ。
いつもエドアルドくんが王宮の奥にある王子宮にお邪魔するばかりで幼馴染が外に出るのを見たことがない。いくら王子宮が広くて走り回るのもかくれんぼするのも問題ないとはいえ、これはよろしくないのでは? と思ったのだ。幼児にして引きこもりやん、と。
王族だから流石に公園で知らん子供と遊ぶとかは出来ないが、お友達のお家に遊びにいくくらいはしてええんでないのか?
結論から言うとあんま良くなかったらしい。エドアルドくんがうちこいよ! と言い出してから3ヶ月かかった。父上にはゲンコツされたし、母上はほっぺたを限界まで引っ張り伸ばした。
天使のように愛らしいエドアルドくんになんて酷いことをするのだ。虐待である。しかし訴える場所がない。世知辛いな封建社会。
そんなこんなでなんとか実現したお宅訪問だが、ちょっと失敗したなとエドアルドくんは思った。
だって、侯爵家は王宮と比べたらやっぱり小さい。目新しさはあるけど、庭園もサロンも王宮の方が立派だ。そりゃそうである。
護衛騎士をガッチガッチにつけたお忍びだから場所は変わっても顔ぶれは変わらないし。
ちなみにチート様も誘ったけど許可が降りなかった。大人の世界ってやーね。
幼馴染はエドアルドくんのお部屋に案内されて楽しそうだけど、なんかやっぱり思ったんと違うな、とエドアルドくんは小首を傾げた。
エドアルドくんのお気に入りの庭で見つけたいい感じの枝とか、すんごい丸くてちょっとキラキラしてる石とか、透明な虫の羽とかをワーワー言いながら眺めてからお茶休憩。
美味しいお茶とお菓子を食べて満足げにしている幼馴染にちょっと想像と違ったけどいいか、と納得してエドアルドくんはおもてなしに用意していた物を出した。
「なあに、これ?」
広げた紙に書かれているのは文章と絵が描かれたマスのつながり。「はじめ」と書かれたマス目からクネクネと曲がりながら「お前が王様!」と書かれたマスにつながっている。
「はじめ」のマスに三角に折った紙を立たせる。きちんと幼馴染とエドアルドくんの絵を描いてある。他にも女の子や騎士の絵を描いたものも置く。
エドアルドくんは護衛騎士とお目付け役のばあやも呼んでそれぞれに三角に折った紙を渡した。
「これ、俺が作ったの。サイコロで出た数の分マスを移動して、マスに書かれた指示に従うの」
三角の紙はコマだ。エドアルドくんがサイコロを転がして出た数字だけ「はじめ」のマスからコマを進める。
宮廷官吏の登用試験 123合格二コマ進む 456不合格一コマ戻る
もう一度転がして6。コマは一つ戻す。
「わかった? 一番初めに王様になった人が勝ちだよ?」
幼馴染は目をキラキラさせてやろう!やろう!と飛び上がった。
可愛いやつめ。エドアルドくんは満足げに頷いた。
この世界、双六はあるが二人で対戦するバックギャモンみたいなやつだった。ちょっとルールが複雑すぎて面倒だったのでエドアルドくんは子供もできる人生ゲームを小さいお手てで頑張って作った。子供が増えたりするのはちょっと大変なので省いたけれど、結婚や出世でマスを進めることができる。最終的には王様になってゴールだ。夢はでっかくである。
ちなみにゴールまでのルートはいくつかあって、正規ルートはお姫様と結婚からサイコロで6の目を出せば王位継承、邪道ルートは革命軍トップに就任からのサイコロで一の目で革命成功である。
なかなかの力作であると自認している。
早くやろう! と盛り上がる幼馴染の横でばあやと護衛騎士の眉間のしわがマス目を読むごとに深くなっていく。
そして最後まで読んだばあやは叫んだ。
「不敬!!!!!!」
護衛騎士を上回る速度でお手製人生ゲームは没収された。
ばあやの手により高く掲げられた人生ゲームを返してーとエドアルドくんと幼馴染はばあやの周りでぴょんぴょんして頼んだがばあやは決して折れなかった。
護衛騎士はほんと、こいつ余計なことばっかりしやがるな、と思った。
「というような経緯で没収されたこの人生遊戯なんだけど、これを舞台の主人公に置き換えて子供向けのボードゲーム作ったら売れるのでは? と思いついた」
思いついっちゃったかー。
エドアルドくんの内緒の商会の会頭は内緒の会議でそう言われてヘッタクソな字で作られた紙に書かれたコマを眺めながら虚ろに笑った。
下町の一角にある内緒の倉庫でちょっと相談があるんだけどと呼び出された時点で嫌な予感はしていたのだ。
このお顔だけは天使のような男が仕掛けた舞台の熱狂的な流行のさなか、いかに利益を生み出すかに奔走する会頭に断る権利なぞない。全てはエドアルド様のお気に召すまま、はいはい。
「お前、それ没収されたんじゃなかったのかよ」
どうでもいい方向に話を持っていきたい。
「六歳児の作品にしては良く出来てるだろ。内容はともかく、頑張って書いたからな、ばあやはちゃんと取っといてくれたんだ」
うちのばあやは褒めて伸ばす方針だった、とエドアルドくんが胸を張る。
なぜ処分してくれなかったんだ、会頭の思いはばあやには届かない。
「へー、良く出来てますね。六歳でこれ作ったんですか? すごい! この革命軍ルート、本当に良く出来てますよ!」
そして、誰だこの男は。
「でしょー、頑張ったんだけどさー、流石に王族に革命ネタはダメだったよねー。俺も子供だったんだよー」
テレテレしながら言うエドアルドくんに不審の目を向ける会頭。
「あ、こっちは脚本家のホーラント。舞台版人生遊戯の叩き台作ってもらおうと思って連れてきた」
よろしくお願いしますー、と挨拶する男はくたびれた見た目をしているくせに口調は軽く陽気だった。
「叩き台自体はすぐできると思いますよー。あとは綺麗に装飾して体裁を整えてくれる画家が見つかればすぐ印刷に回せますよ」
呑気にそういう脚本家に会頭は頭を抱える。
「印刷機はもういっぱいなんだよ! 舞台俳優の絵姿と脚本でフル回転だよ! これ以上できねえわ!」
「自分とこはでしょ?」
「外に出せばすぐに模倣されるぞ」
不機嫌そうに会頭は腕を組んで口をへの字に曲げてエドアルドくんを見る。
なんとこの世界、著作権がまだないのである。作品を守るには貴族や有力商人の庇護を受けるしかない。
「紙一枚だよ? 模倣なんてしたい放題だよ。でも、俺たちが売るのはこの紙きれじゃない」
ひらひらと六歳の自分が作った人生ゲームを揺らしながらエドアルドくんが笑う。
「役者の直筆サインを入れて限定100枚だ。販売は劇場でのみ。希望者は抽選。開場前に抽選申し込みを受けて、閉演後に当選番号を発表。当選者はその場で購入できる」
「一公演に100枚か?」
「いや、一日100枚だな。役者のサインも何パターンか分けよう。主人公はもちろんだけど、ヒロインに、親友、シークレットで国境砦の主だ」
「まさか選べないのか?」
「完全ランダム」
ニヤリ、とエドアルドくんが笑う。
会頭と脚本家はごくりと唾を飲む。
なんと恐ろしいことを考えるのだ、この男は。
この世界に抱き合わせ商法とブラインド商品が生まれた瞬間である。
ブラインドは悪い文化、いつの世にか人々が涙を流し憎しみを込めて呟かれる言葉はこの時代のエドアルドくんに届くことはない。
前世知識が地獄を産んでしまった悲しい事例であった。