エドアルドくんは戦慄した。
王子宮の庭で麗らかな日差しの下、芝生の上に胡座をかいて座ったチート様に群がる猫。
膝の上で昼寝をする猫、チート様に登る猫、蝶を追いかける子猫、喧嘩する猫、やっぱり寝てる猫、猫、猫。
十匹ほどの猫が地上の楽園を作っていた。
あれ? この世界は某ランドなプリンセスの世界だったの? え、でもそれってチート様はプリンセスってことお!?
眉間の皺がえらいことになってるプリンセスだよお!
エドアルドくんが畏れ慄いてるうちに一緒にいた幼馴染くんは嬉しそうに走り出した。
「にゃんにゃんー!」
六歳児の甲高い声で猫たちは一斉に姿を消した。あっという間のことである。
「にゃんにゃん……」
寂しげに呟く幼児は哀れだが自業自得。
しかしそんな幼児にも負けない猫がいた。
チート様の膝の上で寝ていた猫である。
目を開けてチラリと喧しい子供を見ると、全く興味ありませんという顔をしてあくびをしてまた目を閉じた。
太々しい顔をしたまんまるのサビ猫である。貫禄のあるその姿はまさに猫の王。
チート様もその威容に感嘆しお膝を許しているのだろう。
「おい、こいつを退かしてくれ。ぐにゃぐにゃして掴みづらい」
違ったわ。まだ力加減が上手じゃないからぐにゃぐにゃした生き物掴みたくないだけだわ。
眉間のお皺が物語ってた。
幼馴染くんは大喜びで猫を抱き上げようとするが、こいつが全く動かない。
六歳児が持ち上げるには重いし、引っ張ってもチート様の服にしっかりと爪を立てる。
こりゃ困ったぞとエドアルドくんと幼馴染くんは顔を見合わせた。チート様は諦め顔で空を見上げていた。
仕方ないのでチート様の膝の上に乗せたままもふもふした。お日様に温められた猫の毛はふわふわでぽってりした体はもちもちだった。
あんまりにも良い命だったのでエドアルドくんはチート様の手を持って猫の体の下に入れた。くにゃくにゃの猫ボディをチート様の手に乗せて幼馴染くんと一緒にそれを支えて掲げる。
チート様の手によって高々と掲げられる猫、そしてそれを支えるちび二人。
それを眺めていた護衛は思った。
なんの儀式だ、これ。
その数週間後、エドアルドくんはまたしても戦慄した。
庭でチート様が猫に囲まれているのは同じだった。しかし、以前より子猫が増えていた。
確実に四匹は増えていた。
小さな命に纏わりつかれたチート様は膝の上に前回と同じ錆猫を乗せたまま空を仰いでいた。その表情はまさに悟り。
「わあ、小さい猫!」
幼馴染くんは大喜びで突撃した。大人の猫はサッと庭木の奥に消えていったが、今回は生まれて数日だろう子猫の捕獲に成功した。
可愛い! 可愛い! と興奮気味に抱きしめる。
「子猫いっぱいだねえ」
エドアルドくんはチート様の腕によじ登る黒白のハチワレ子猫を突いてみーみー泣かせてみた。可愛い。
ハチワレ、白、白黒ブチ、サビ。
「これが産んだらしい」
チート様はお膝に乗ったサビ猫を指さす。
結構な太々しさだが女の子だったんだね、お前。
「なんでか庭に居座ってる」
いつの間にか庭師の老爺が庭の片隅に木箱で小屋を作ってやっていたとか、仏頂面で愛想のかけらもないチート様のところの唯一の侍女が餌をやっていたとか、夜な夜な庭に猫が集まってくるとか、チート様は平坦な声で空を見上げながら言っていた。
なるほどなるほど、とエドアルドくんは頷いた。
「ヴェルリッド様の近くが一番安全だってわかってるんですね!」
動物界にまで伝わるチート様のチートぶりにエドアルドくんはニッコリだ。
なんか言い始めたな、こいつ、とチート様はエドアルドくんを眺めた。いつものことなので。
エドアルドくんはそんなチート様の視線を気にすることなく太々しい顔をしたサビ猫の顎を指で撫でた。
「なかなか男を見る目があるじゃないか、レディ?」
サビ猫はエドアルドくんのことなど眼中にないのよとばかりに不機嫌そうに尻尾を揺らした。
チート様はこいつたまに言うことがおっさんくさいな、と思った。
幼馴染くんは子猫に夢中でエドアルドくんのことなんて気にしてもない。
その後、なぜかサビ猫はレディと呼ばれチート様の庭を我が物顔で占領した。
庭に出るたびに膝に乗られ猫にたかられるチート様は必死に力加減を覚えた。猫を逃さず、締め付けすぎない絶妙な力加減を手に入れたチート様は立派な猫マスターとなり、ますます猫に集られることになる。
猫って自分達に興味ない人のこと好きだよね、とはエドアルドくんの言葉であった。
この数年後、初陣のために戦場に向かうチート様の部隊の荷馬車にサビ柄の子猫が紛れ込んだ。
報告を受けたチート様は荷馬車の中から機嫌よくニャーニャー鳴く子猫を見て空を仰いだ。
太々しいお顔のむっちりしたサビ柄の子猫は、その年、チート様の庭で生まれた子猫。
「レディの子か……」
一際レディによく似た子猫だった。
性格もそっくりでこうと決めたらどっしりと構えて動かない。まあ、そもそも猫だし、人の言うことなんて聞く気がないのだ。
どうしましょう、と猫を見つけた新人の兵士が泣きそうになりながら言う。
まだ体は小さめだが乳離も済んでいるし、狩の練習もしていた。
「放っておけ、荷物を漁るようならその辺に放り出せ」
えー、いいのかなー、と言う顔をしながらも新人兵士は上官の言葉に従った。
子猫は親猫そっくりな顔であくびをした。
本日はエルトリート大公ゆかりの地をめぐる旅にご参加いただきありがとうございます。
今日ご案内するのはエルトリート大公が治めた国境沿いの領地を守る通称国境砦です。
エルトリート大公は荒れた領地を復興させることを優先し、新たな領主館を作りませんでした。彼は国境砦の執務室を領主の間とし、司令官室を私室としました。国境砦には国境門を守る役目もあったため多くの人が行き来をしていました。彼はそういった人々をよく見聞きし領地の発展のために参考にしていたと言うお話もあります。さらには襲撃があれば昼夜問わず砦を飛び出し兵を率いることもあったと。職場で寝泊まりしているようなものですね、今なら労働法違反で行政指導が入りますが残念ながらこの時代に労働法はないのです。エルトリート大公が過労死しなかったことを我々は深く感謝しなければなりません。
中へ入る前に一つちょっとした豆知識を。
実はエルトリート大公率いる大公領には歴史上初の女性士官がいます。彼女の名は現在にも残る当時の軍籍簿にちゃんと書かれています。
主計科の兵糧警備隊長でした。
彼女の役割は戦場で荷駄を狙うネズミを追い払うこと。国境砦では税として集められた麦をにっくきネズミどもから守っていました。
そんな警備隊長がいるなんて、と皆様お思いでしょう。
彼女の名前はレディ、とっても勇敢なメスのサビ猫です。
彼女はエルトリート大公が初陣に出る時、王都から出発した荷馬車に紛れ込んでいたと当時の兵士の手記に書かれています。その報告を受けたエルトリート大公は彼女を見て「レディは丁重にもてなせ」と兵士に言いました。お若い時から紳士でいらっしゃいますね。それ以来、彼女はエルトリート大公の部隊と共に戦場を渡り歩きます。
彼女はとても優秀な警備隊長でした。彼女の任務が主に夜だったためにいち早く夜襲を察知し部隊を救うことさえありました。
そうした苦難を共にした仲間であるレディを、エルトリート大公は領主となった際に正式に大公領軍の軍籍を与えて警備隊長に任命したのです。
初代レディは国境砦に部屋を与えられ警備隊長の任を長年務めました。彼女が亡くなってからは彼女の子供が名前と役職を受け継ぎ国境砦を守っています。
それはなんと、今もです。
現在のレディはハチワレのぽっちゃりさんです。首輪に軍証を付けているのですぐに分かります。
建物内にはレディ以外の猫ちゃんもおりますが、全員レディの部下なので失礼がないようにしてください。
そしてもし偶然かつ幸運にも巡回中のレディにお会いすることができましたら、皆様、きちんと敬礼をお願いします。
なんと言いいましても、相手は現役の士官でございますので。
チート様の庭が猫の集会所になり、太々しい顔のもっちりお猫様がレディと呼ばれるようになったお話。