十四歳、思春期真っ只中。世の男子は厨二病を患い第三の目が開き封印されし右腕の邪神が疼いたり、授業中にテロリストの襲撃が起きた時の対策を真剣に考えたりするお年頃だ。
まあ、前世おっさんのエドアルドくんには関係ない話であるが、幼馴染がそんな愉快な思い出を作らないように見守っててあげようね、と優しく思っていた。
しかし、異世界貴族の思春期はエドアルドくんの想像を超えていた。超えすぎていたのでエドアルドくんは前世のネットミームで見た宇宙猫みたいになってしまった。マジか、すげえな異世界、すげえな貴族。
もしかすると前世の世界でも昔の貴族社会とかではあったことなのかもしれないけれど、エドアルドくんは令和のサラリーマンだったのでご存じな訳がないのである。
あまりにもショッキングな経験だったのでエドアルドくんは幼馴染のルードルフくんにも聞いてしまった。
「なあ、王族の閨教育って受けた? やっぱり綺麗なお姉さん呼んでもらって手取り足取り?」
「はあ!?」
ルードルフくん十四歳は真っ赤な顔をして叫んだ。ちょっと刺激が強すぎたかもしれない、とエドアルドくんは反省した。
でも聞きたいので会話は続ける。
メイドさんはお茶出しをして退室したのでいないし、部屋の中で待機している護衛騎士は昔からの顔馴染みの男だ。気兼ねなく話す。
護衛騎士が若干うんざりした顔をしている気がしたがエドアルドくんは見なかったことにした。
「この間さあ、父上がなんか王都の綺麗なお姉さんのいる店に連れてってくれてさ、一晩よろしくされたの」
エドアルドくん衝撃の出来事であった。親に水商売のお店紹介されるとか居た堪れなくない?
「俺、びっくりしちゃってさ、マジ綺麗なお姉さん、んで緊張しながら注いでもらったお酒飲んだら気分良くなっちゃってさ」
はえええ、と顔を真っ赤にして手で覆うルードルフくん。いや、聞けよ。
「一晩中ぶっ通しでヴェルリッド様の布教して気が済んだら寝ちゃってたんだよね」
「は?」
「ヴェルリッド様がめちゃつよつよのめちゃかっこいい話をずっとしてたってお姉さんに笑われてさ。美味しい朝ごはん食べて帰ってきたんだけどさ」
「はあ」
「帰ってきたら父上が母上に絞めれてて、ヴェルリッド様の話してたら寝ちゃったからもう一回行っていい?って聞き辛くてさ」
閨教育の再チャレンジありだと思う?
「はー」
ルードルフくんは天井を見上げてため息をついた。
お前、今日「は」しか言ってなくね?
護衛騎士もそっと視線を外して目が合わない。
綺麗なお姉さんは相手の嫌がることしなきゃ大丈夫よと教えてくれたし、前世おっさんなので今更閨の作法とか教えてもらわんでもいけると思うんだけど、せっかくの機会を逃したのがなんとなく惜しい気がするので再挑戦したい。
「エドにはさ、まだ早かったんだよ。成人して自分で行けるようになってから行きなよ」
しばらく上を向いて顔を覆っていた幼馴染は普段通りの顔に戻ってそう言った。
早かったとは思わんが、親の金で女性を買うのは違うなとは思ったのでエドアルドくんは素直に頷いた。
成人したらあの綺麗なお姉さんに再チャレンジだ。今回は酒が良くなかった。もうちょっと酒に強くなってからだな。
うんうんと頷くエドアルドくんに幼馴染くんは無我の境地で微笑み、護衛騎士は本当にコイツ余計なことしか言わねえなあ、と思っていた。
残念なことにエドアルドくんがこのお姉さんに再挑戦する日は二度と来ない。
十四歳の少年たちはこの賑やかそれでいて穏やかな日々が奪われるなんて想像もしていなかった。
けれど、物語は密やかに紡がれる。
この数年後、エルトリート大公ヴェルリッドが王太子の華燭の典のために王都に訪れた際、無聊を慰めるためと王都のとある高級娼館を紹介された。紹介者は全くの善意である。日々国境線で血と汗に塗れるヴェルリッドを労るために国で一番の店を紹介した。正直な話、ヴェルリッドはあまりその手の店を好まない。妻子を持たないという誓約のある自分が無闇に女性に手をつけるのもいかがなものかということもあるが、単純に面倒だった。しかし普段から世話になっていた相手であったことから断り辛く渋々とやってきたのだ。
そして困惑している。
絢爛に整えられた宿一番の部屋で、現れた女は早々にヴェルリッドにひれ伏した。
自分の大きすぎる体躯に怯えているのかと思ったが、そのようでもない。緊張からかその指先が震えているのが分かるが、女からはヴェルリッドに対する嫌悪は感じられなかった。
「なんのつもりだ? 面を上げろ」
しなやかに女の金色の髪が揺れた。
美しい女だった。何よりもその瞳が。決意を込めた強い眼差しが碧玉を輝かせていた。
ぐっと引き結んでいた形の良い唇から言葉が溢れた。
「どうか、お助けください」
胸元から小さな小瓶を取り出しヴェルリッドに差し出す。
なるほど、と納得しながらヴェルリッドはそれを受け取った。
「弟が、囚われております。相手は分かりません、ただ、弟の指、と、この瓶が手紙と共に届けられました。手紙には閣下にこの薬を飲ませろとだけ」
弟の指、と言った時だけ、その声は震えていた。気丈な女だった。
「わかった」
ヴェルリッドはそれだけ言うと、窓の外に小瓶を投げた。
何をするのかと目を見開く女の目の前で窓の下からにょっきりと現れた腕がそれを受け取った。
受け取った瓶をゆらゆらを揺らして腕は闇夜に消えていった。
ちなみに部屋は四階である。
「飯は食ったか?」
唖然とする女にヴェルリッドは何事もなかったかのように尋ねた。
え、いえ、と曖昧に答える女に食事の用意を命じる。
「どんなに不安でも今のお前にできることはない、全てはこのヴェルリッドが預かった。お前にできるのは飯を食って結果を待つことだけだ」
そう言って、どっかりと豪奢なソファに腰を下ろした。
ヴェルリッドの耳には天井裏に潜んでいた数名が移動する音が聞こえていた。
弟の幼馴染はヴェルリッドのクセの強い部下たちを見て「ニンジャじゃん!」と喜んでいたが、ヴェルリッドはニンジャという言葉を知らなかった。
「ありがとう、ございます……」
ヴェルリッドの言葉に、気丈な女はとうとう耐えきれずに啜り泣いた。
「エドアルド様のおっしゃる通りでした。ヴェルリッド様は強くてカッコよくて、とてもお優しい、と」
泣きながら女は微笑む。
ヴェルリッドは天井を仰ぎ見た。
また、お前か。
腹の底をくすぐられるような羞恥を押し隠してヴェルリッドはその夜、十四歳の少年が一晩中讃えたという英雄の話を女から聞かされた。
天井裏の部下たちは女の話す若き日の英雄の話を一言たりとも聞き漏らすまいと身じろぎせずに張り付いていた。
英雄はなんともいえない顔で酒を舐めるしかなかった。酒も肴も一流だというのになぜか虚しい味がした。
眠れぬ夜が薄らと暁に染まり始めた頃、衰弱した薬指のない青年が娼館に届けられた。
誰が連れてきたのか、連れてこられた青年さえ分からず、困惑のまま泣きじゃくる姉に抱きしめられた。
ニンジャすげーな、やはりニンジャ、ニンジャは最強、とエドアルドくんが知れば思っただろうが、その頃エドアルドくんは十四歳の自分がある姉弟の命を救ったことなど知らず、王宮の飯ちょっとイマイチだったなとか思っていた。
脇役転生くんが本来ならラスボス様に首の骨素手でおられて殺されるはずだった娼婦の姉と姉の失敗により顔貌がわからないように撲殺されるはずだった弟の命を救ったお話です。