この話は、華は誰が為に散るものか第3章までのネタバレを含みますが、言うて3章で登場するキャラがいるくらいなので、そこまで盛大なネタバレではないです。
気にしないよ〜と言う方、もう3章まで読んだよ〜という方は気にせずお読みください!!
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〜〜♪
「3時間クッキング〜」
「ちょっと待ってぃ!?」
私、北条詩は盛大にツッコミを入れた。
誰にか?
……先輩である、神奈月さんにだ。
だが、当の彼女は「何か問題でも?」と言いたげな顔で首を傾げる。
純粋無垢な___疑問の表情。
……そして、彼女の目の前に広がる調理器具の数々。
「……なんで唐突に3◯クッキングもどきが始まってるんですか…」
私は、そう言いながら心を鎮めていく。
……いけない、いけない。
神奈月さんに向かって、何を本気でツッコんでるんだ、私よ。
思わず、強めに入れてしまったが……彼女は、先輩なのだ。
あくまでも、礼儀は保って___
「やっぱり、キ◯ーピーちゃんがいないと雰囲気出ませんかね…」
「そう言う問題じゃないが!?」
そう思った側から放たれたボケに、私はもう一段ツッコミを入れる。
ダメだ、神奈月さんは強めにツッコミを入れないとダメなタイプだ。
私はここまでの一連の流れで既に理解していた。
……ここまで人間観察力が育てられるとは……接客業のバイト、恐るべし。
「3分◯ッキングは一旦置いといて………神奈月さん、本当に何してるんですか?」
ずらずらと並んだ調理器具を見ながら、私は首を傾げた。
普段の料理でもこんな量の器具は使わない。
フライパンに鍋に中華鍋にせいろにホットプレート、包丁にまな板にボウルに___
キッチンの上を埋め尽くさんばかりに、それらが並んでいた。
彼女は、少しはにかんで答える。
「あの、チョコを作ろうと思って……」
……チョコを作ろうとして、なんでせいろが現れるんだ?
口に出そうか迷ったが、もうツッコミは諦めることにする。
「……なんのチョコを作るおつもりで…」
「ガトーショコラです」
「……」
だから何故ガトーショコラでせいろが現れるんだ?
私の心中を読んでか否か、彼女はまな板の横に置かれた本を広げる。
「このレシピに、簡単なガトーショコラの作り方が載ってて___せっかくのバレンタインなので、作ってみようかと」
「そういえば、今日バレンタインで___」
私は彼女の開いたページを見て___絶句した。
《簡単!おしゃれ!ガトーショコラ♡》となんの捻りもない題名のページには___
「神奈月さん、これ絶対シュウマイですから!?」
___圧倒的シュウマイな写真がデカデカと載っていた。
どうりでせいろが現れる訳だ!!!
「え、でも……材料はシュウマイの皮とお肉とネギだけだって___」
「もろシュウマイの材料です、それ!」
私の(諦めきれなかった)ツッコミに、オロオロと本を開いたり閉じたりする神奈月さん。
その本の背表紙に中古本屋のバーコードが貼ってあったのは見逃さなかったぞ。
彼女のことだ___天然で騙されて買ったとしても不思議ではない。
「……はぁぁぁ」
私は大きくため息をつく。
「う、詩さん……?」
盛大なため息に驚いたのか、上目遣いでこちらを伺った彼女に、言い放つ。
「……じゃないですか」
「え……?」
「私がガトーショコラというものを……見せてやろうじゃないですか!」
カフェスイーツ系のものなら、一通り作れる。
なら、シュウマイじゃないガトーショコラを作ってやろうじゃないか!!
「詩さん……!!!」
神奈月さんの目は、キラキラと輝いていた。
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3時間後。
「できた〜〜!」
「できました〜〜!」
私たちの前には、ふんわりとしたガトーショコラ。
「かなり簡易的な材料にはなりましたが……とりあえず間違いはないはずです」
私はエプロンを脱ぎながら言う。
___シュウマイの材料ばかりが揃っていた為、本格的なガトーショコラの材料はなかった。
だが、奇跡的にあったバターとチョコと砂糖と卵のお陰で、どうにか美味しいものは作れた……はず。
「本当にありがとうございました……詩さんがいなかったら作れなかったです〜〜」
神奈月さんが私に向かって手を合わせる。
「いえ、気にしないでください。
私のエゴですし」
……私がいなかったらガトーショコラでなくてシュウマイが出来ていただろうというのは事実だが。
だけど。
「……でも、良かったんですか?
私が手伝っちゃって」
私は静かに尋ねる。
「…?」
「風磨さんにあげるつもりじゃなかったんですか?
……そのガトーショコラ」
そう、今日はバレンタイン。
彼女がガトーショコラを作っていたのは……多分、彼女が想いを寄せる風磨さんの為。
それなのに、私が手伝っちゃって良かったのだろうか。
だが、彼女は小さく笑った。
「違いますよ、これは見廻隊のみんな用です」
「へ…?」
思わぬ返答に、私は手を止める。
「もちろん、風磨くんにもチョコを渡したかったんですが……それは来年する予定なんです。
来年、もっと私が上手に料理を作れる様になってから。
___だから、今年は成長過程も含めて、見廻隊のみんなに食べて欲しいんです」
彼女は、凄く愛おしそうに目を細める。
……それだけ、彼女は見廻隊のことを大事に思っているんだ。
「……ちゃんと伝わると思いますよ。
神奈月さんの気持ち」
「えへへ、ありがとうございます」
彼女が唇を緩めたその時、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま〜」
「帰ったっすよ〜!」
玄関から聞こえた風磨さんとシオンくんの声。
___あぁ、そうだ。
そうだ、今日はバレンタイン。
チョコを通して、大好きな人に想いを伝える日。
……それがお菓子会社の戦略だとしても。
シュウマイを作りかけたとしても。
……それでも、とても素敵な日だ。
「私だって」
誰にも聞こえない様に、私は呟いた。
___私だって、伝えたい想いはあるんだ。
でも、今は声に出さないでおこう。
今伝えられなくても、それで良い。
___また、来年。
来年も、バレンタインはやってくるのだから。
だから、それまでは___
「カフェで作ったケーキ、余ったんすけど食べるっすかー?」
シオンくんの手には、瀟洒なチョコケーキ。
私たちで作った不器用なガトーショコラとは比べ物にならないその完成度に、私は思わず吹き出した。
「……これは負けちゃいましたねぇ、ふふふ」
「比べるまでもなく完敗ですよ」
声を合わせて笑う私と神奈月さんに___シオンくん達は首を傾げるのだった。