「来年のハロウィンも、笑えますように」
2022/10/31
「とりいいいいいいいっくおあとりいいいとおおおおおお!」
思いっきり平仮名の「トリックオアトリート」を叫びながら、白い布のようなものが覆いかぶさってきた。
「え……と、ん………?」
これはお化け……なのか…?
僕、桜坂風磨が起きてきた途端、この仕打ちだ。
普段なら叫ぶであろう場面なのだが、起き抜けで頭が回らないおかげで……どうにか醜態を晒すことはなかった。
困惑した僕は、幽霊に抱きつかれたまま固まるしかない。
……そういえば、今日ハロウィンだったっけ…?
気まずい沈黙の中、優希がお化けの首根っこを掴んで、僕からひっぺがした。
「ったく、朝からうるせぇんだよ…シオン」
「酷いっすよぉ____ちぇっ、風磨なら叫んでくれると思ったのに」
被っていた白いシーツの端を上げて、シオンが顔を出す。
「この為に、今日は早起きしたんすよ?
なのに皆冷たくて……ぼく傷ついちゃうっす」
「しょうもない悪戯の為にしか早起きできない奴は勝手に傷ついとけよ」
「冷たっ!!」
シオンと優希がいつものように押し問答を始めた。
……とにかく良かった_____本物のお化けじゃなくて。
僕が一人で胸を撫で下ろしていた時に声をかけて来たのは、玲衣さんだった。
「風磨くんもやられたんですね。
朝からお疲れ様です」
その顔に浮かぶのは柔らかな苦笑。
「……玲衣さんもやられたんですね…」
心中お察しします、と僕が言うと、彼女はくすくすと笑った。
______ハロウィンで盛り上がるなんて、久しぶりだなぁ。
僕はそっと思う。
何年振りだろう、トリックオアトリートだなんて言われたのは。
ハロウィンだからといって盛り上がるタイプじゃないっていうのもあるし……単純に、お化けが怖いっていうのもあるし。
「……風磨くん?」
物思いに耽っていると、玲衣さんが僕の顔を覗いた。
「え、あ………な、何ですか?」
慌てて返事した僕は、玲衣さんの悪戯っぽい笑みを見た。
そして、彼女がつぶやく。
「トリックオア、トリート」
「玲衣さん……」
……起き抜けの人がお菓子持ってる訳ないじゃないですか。
そう言おうとしたが、玲衣さんのウインクに止められた。
「お菓子がないなら、イタズラですよ!」
彼女が僕に見せたのは、仮装衣装だった。
……吸血鬼に、魔法使い、狼男にキョンシーまで。
彼女の楽しげな様子に、僕は悟る。
……この子、僕が持ってないって分かってて言ったな!
僕は早々にツッコむことを諦めた。
「よくこんな数を集めましたね…」
僕が呆れ返っていると、シオンが口を挟む。
「ユーキの悪ノリっすよぉ……ぼくはシーツ幽霊で良いっすのに」
「はぁ?
お前、ハロウィンは一年に一度だけなんだぞ?
今楽しまねえと、次は来年になっちまうらかな」
……優希がはしゃいでる…。
衣装の山を見た僕は今更、優希の家がお金持ちだというシオンの話を思い出した。
「……それに」
彼の声のトーンが、落ちた。
「来年、俺らがここに揃ってる保証なんてねぇし」
彼の寂しげな様子に、僕は思わず息を呑む。
……そうだ。
僕ら_____夢喰い狩りというのは、そういうものだった。
いつ死ぬかもしれない戦いに身を投じている。
こんな日常だって_____いつまで続くか分からないのだ。
こうやって馬鹿みたいなことをやっている日々がいつか終わるなら………「今」を楽しまなくちゃいけない。
……僕らがいつかバラバラになったその後も、笑っていけるように。
「……だから、どうかこの衣装を着て下さい、風磨くん!」
「着ませんからね!?」
僕は玲衣さんに盛大にツッコミを入れた。
fin.
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