・遊牧民の生活
遊牧といっても、夏季と冬季で住居を移動するだけで、暮らす土地は決まっています。また、家畜のみに頼っている訳ではなく、農業や狩猟も大いにやっていました。
1200年代にモンゴルの習俗について記したカルピニ、ウィリアム・ルブルクによれば、馬や羊は男が、牛は女が世話するのが習わしだったそうですが、
この7世紀の人々もそうであったかどうかは定かではありません。ちなみにチンギスハンの一族はこの当時、室韋と呼ばれた人々の末裔です。
遊牧民たちは、スキタイ時代から世界的にもかなり高度な冶金術を持っていました。
それは恐らく匈奴時代もそうだったし、柔然や突厥、そして後のモンゴル帝国時代までそうでした。
小型で軽量、丈夫な鉄を彼らが作れた為に、彼らは武具や馬具に金属製品を積極的に用い、そして結果として騎兵戦力を充実させていったのです。
ちなみに、緯度の高い地域では米は育たず、長安では長らく黍が主食でした。
・突厥雀
関所(玉門関)に突厥雀が来ると突厥が来る。というのは、少なくとも唐書にて(そういう風に云われていた」という記述があり、
恐らく突厥が再び脅威となった西暦600年代後半から云われたのだろうとは思いますが、いつ、誰が、どんな感じにそれを伝聞しどれほど世間に普及したのかは定かではありません。
突厥雀はサケイ(沙鶏)とよばれる、どちらかというと鳩に似た鳥です。
キジのように美味しいらしいです。
彼らは渡りをしないが、数が増えると渡り・・・移動を行うらしく、日本にも飛来した事があります。
この鳥が7世紀に移動を行ったとして、この当時はまだ小氷期(古墳寒冷期)であるため、むしろ寒冷で数を増やすのは難しかろうと思うのですが、
或いは要するに餌が枯渇するか生息密度が一定を超えるとそうなるのかもしれません。
モンゴル帝国の繁栄の理由の一つに、この当時モンゴル高原は温暖期であり作物や家畜がよく育った、だから人口を増やし産業を開拓させ積極的に外征する余力が生まれたのだ、という可能性が指摘されています。
人類は自らの意志だけで歴史の漕手となるのではなく、地球環境に大きく左右される存在です。
突厥が暴れ出したのも、そして契丹が暴れ出したのも、
地球環境……寒冷に端を発する不作の影響が一番大きいのだろうと予想しています。
多分、合っていると思います。
・アムグン達の一族
古くはアファナシェヴォ文化の流れを汲む、インド・ヨーロッパ語の祖語を操る人々の末裔です。
このアファナシェヴォ文化(あるいはアンドロノヴォ文化)の人々が、中国大陸の人々にオリエントで開発された最初期の青銅文化を伝えた、という説が割と有力視されています。
ということで彼らの名前は概ね、インド・ヨーロッパ祖語っぽい言葉から取られています。
何故彼らがここに暮らしていたかというと、様々な変遷を辿っていて、割と長く入り組んだ設定になります。
・ティーグ
恋人同士、という事をアムグンの母は言っていますが、ティーグはゲイではなく、女性という設定です。
鍛冶神や炎の神は、特にインド・ヨーロッパ語族、或いは中央ユーラシアに分布する遊牧民が信仰する宗教において女性神でした。
(インド・ヨーロッパ語族の宗教……有名なギリシャ神話では鍛冶神は男ですが、恐らく時代が下るにつれ、それまで女神が持っていた役割の幾つかを引き継ぐ男神が登場するようになります)
それには竈に立ち、土器で壺を作ったのは恐らく女性達だったことが大きな影響があるでしょうが、遊牧民は古代に遡るほどより女性の地位が高くなります。(というと語弊があります。厳密に言うなら、現代の我々の価値観から鑑みると高く見える、或いは担う役割が固定化されていなかった、というべきでしょうか)
戦闘にも参加した記述が増えていき、いわゆる人間社会において守りの部分を女性が担う、とは限らない社会だったと思われます。
また、遊牧民は女系社会でもありました。(インド・ヨーロッパ語族では伝統的に父系と思われていますし、匈奴も突厥時代も父系のようにしか見えませんが、遊牧民社会では多くが母権が重要な意味を持ち、部族集団は母系集団で構成されている可能性がかなりあります。この辺りは、女系→父系に遷移していった日本と同じような状況が発生したのだろうなあと思っています)
ちなみに日本でも金屋子神という鍛冶神は女性神です。
実際、生物的にも、五感でより良い成績を残すのは女性です。これは出産育児等の為なのではないかと言われてはいますが、とにかくとして、火の色、匂い、触った感じをより繊細に認識するのは、むしろ女性のほうが遥かに得意であり、「適者」であったのではないかと思うのです。
また、シャマンや巫女の役割も多くは女性が担います。これには様々な要因が重なっているのは間違い無いのですが……現代でも、スピリチュアルにハマる人を性別で見てみると、やや女性が多い傾向があります。
蚩尤をより古い言葉の発音で言うと、ティーグと聞こえるような発音になります。
また、炎帝の最後の王、楡罔を当時の発音でいうとデュマとなります。
……歴史は神話になり、そしてその歴史の敗者は悪とされます。
ヒッタイトの王の像について語る石板に、この像は鉄の頭で出来ている、という文があります。(知恵の象徴とか隠喩的な表現かも?)
中国大陸に鉄を齎したのは匈奴かもしれませんが、普及までしなくとも、それ以前に鉄文化と何らかの接触があったとしておかしくはない、というかそのほうが自然だろうと考えています。
蚩尤の子孫と自称するミャオ族は、自身を「モン」と言います。
ちなみに、日本語はンで終わる言葉を嫌うため、モンという言葉が日本にきたら、
「モノ」というかもしれません。
蚩尤は鉄や銅の身体で、矛や剣を開発した神で、軍事を司ります。
日本のモノを扱う集団も何となくそんな感じですが、面白いです。
物語の根幹に据えた部分ではあるのですが、歴史考証というよりオカルトになっていくので、余り語りたくありません。
・アムグン
意図的に男性とも女性とも書いていません。
アムグンの名前は唯一インド・ヨーロッパ語とは関係がない、この地の周辺に流れる川の名前です。
この地名が本当に当時からアムグンという名前だったかは全く定かではなく、この言葉が他の言語の「川」を意味するものだったりするかもしれませんが、
とはいえ、地名というのは異民族が流入しても、その言葉をそのまま借用されがちです。そのために地名は時に失われた古代の言葉の名残をそのまま残してがちなので、その立場を取っています。