群雄劇について語った後なので、
ついでに創作論をw
※カクヨムコン始まる前に、興味でも持っていただけたらwwwという打算w
いきなりエロ話から入りますがwwww
自分は結構、同人のエロ漫画読んでます。
で、最近思うのが、
★インパクト狙いすぎてて、抜けないwww
と感じるわけです。
逆に海外の作家の作品のほうが、ノーマルで
普通に抜けるw
確かに、他者と差別化しなきゃいけない。
特にオタク文化の進んだ日本で生き残るのは
普通じゃ無理。
鳥山先生みたいに、圧倒的な人を惹きつける画力などが
あるならまだしも、同人作家レベルであれば、
個性をつけなきゃいけない。
差別化・奇抜さは必須!
ってのは、わかるんですが、
それって、どんどん過激になっていくんですよね。
アニメでも、おっぱいが不自然に揺れる描写の賛否がありますが、
あんだけおっぱい揺れまくってると、
色気もクソもないw
魅力的でもなんでもない。
韓流のドラマが流行った時に聞いたセリフが、
「日本のドラマは現実離れしすぎてたり、
奇をてらいすぎてて、古き良き韓流ドラマがいい」
なんて話も聞いた事があるわけですが、
要するに
一定の文化が成熟してくると
差別化をはかるために、どうしても作品は
奇抜やら、明後日の方向に進んでいきやすくなります。
これは真実だと思う。
で、ゆうはん的には
ラノベ。もそう。
基本的にラノベは読まない(読めない)のですが、
まず、文章が凝りすぎてて
★情景が全く頭に入ってこない
これ、まじ。
言い方悪く言えば、冒頭からいきなりクライマックスかよ!
みたいな、常に全力投球みたいな。
個性的な文言が大量に使われてて、
どこに意識を持っていけばいいのかわからなくなるw
エロ漫画が、奇をてらい過ぎてて抜けない。
みたいに、
小説は頭の中に、その光景を思い描いて読むものなのに
情景が全く頭に入ってこない。
だから、読まないんですよね。
40年前ゆうはんは
指輪物語(原作)の翻訳本を読みましたが、
ずっと、「~です。ます」調でめっちゃ読みにくかった。
全部語尾が、ですます調w
きついwwww
翻訳家が、小説家じゃなかったんだろうなwwww
とか思えるぐらい。
でも、無駄な装飾がなく、翻訳だけしてる感じだから、
情景が思い浮かぶんですよ。
ストレートにこんな感じなんだろうなぁって。
敵に襲われ、怖いシーンが、
まじで怖いんですよ。
ハラハラドキドキではなく、
ゾクゾク、やばい、殺される、死ぬ!
って感じる。
没入できるわけです。
そういう感覚があるから、ゆうはんはあえて
小説ではなく、文章を書いている。
無駄な装飾をせずに、
情景を思い描いていただけるように
シンプルに書いています。
小説家は、文章のプロで、文章で勝負している!
てのは、わかる。
でも、読み手は文章のプロじゃないんですよね。
難しい言葉?小説を読んでないと聞かない言葉?
単純に文章だけで伝わらないもの?
そんなん、わからなくて当然なんですよ。
そういうのを使うのは、頭のいい教授が
字頭のいい人相手に発表する論文みたいなもので、
一般人向けではない。
もちろん、クライマックスや、見せたいシーンで
使うのはアリだと思います。
そこで使えば、作品にメリハリもつく。
でも、常時使うでは、読み手に優しくないし、
情景が思い浮かべられない小説って、
小説じゃなくて、ただのポエムのような
気がしています。
カクヨムではありませんが、昔いただいた感想で
>読み手に想像というスキルがかなり必要とされるので、理解できない人もかなりいるのではないかなと思います。
という感想を頂いたのですが、
ゆうはんの創作論では、
読み手が想像できるのが小説
って思想があります。
まぁ、現代社会にマッチしているのかは
わかりませんがw
で、AI小説。
AI小説を読んだ人の感想で多いのが
無難
って評価だったのですが、今、むしろ求められてるのって
無難
なんじゃないかと思うわけですよ。
エロ漫画に求められているのは、抜ける事
と同じように、小説に求められてるのは、
情景が容易に想像できる無難な作品なんじゃないかとw
無難の中に、どう差別化を持っていくか?
という話だと思うで、
ぶっちゃけ、作家の言う「創作論」って
抜けないエロ漫画の方向性と同じ方向にあるんじゃないか?
って感じる次第w
まずはさ、【無難でおもしろい作品】
を作ってみることから、始めるのが一番じゃないですかねぇ。。。。
と、ブックマークもPVも増えない俺が言ってみるテストw
ちなみに、ゆうはんの作品は、こういう考えで作ってるので、
もし、商業化の話が来たとしても、
「文章のプロ」
に商業化はお願いして、自分はあくまで「原作」の立場でありたい。
ってか、商業化のレベルの文は書けないと思いますねぇ。。。w