母が亡くなって、今年の十二月で四年になる。
四年という時間がたてば、悲しみは薄れるものだと思っていた。
そうではなかった。
朝、目が覚める。
顔を洗う。
ご飯を食べる。
お金のことを考える。
手続きをする。
日常は、何事もなかったように続いていく。
私の悲しみとは関係なく、朝は来る。
誰も止まってはくれない。
私はずっと、母を大切にしてきたと思っていた。
でも今は違う。
大切にしてもらってきたのは、私だった。
母は、きっと話したいことがたくさんあった。
つまらないことから、何もかも。
私は、その言葉を受け止められなかった。
だから後悔しかない。
その後悔を抱えたまま生きることは、とても苦しい。
ある日、兄がポケットWiFiを持ってきてくれた。
部屋で使えるようになり、安心した。
兄は私に言った。
「自分に厳しすぎる。」
そして、もう一つ。
「何でも口に出すこと。」
私は、その言葉に驚いた。
苦しいことは、一人で抱えるものだと思っていた。
話しても仕方がないと、諦めていた。
だから、「口に出すこと」が、こんなにも大切だとは知らなかった。
母がいてくれたら、もっとよかった。
その思いは、今も変わらない。
でも、兄が私のことを考えてくれていたことも、本当だった。
朝は、「命って何だろう」と考え、後悔しか見えなかった。
夜には、「ありがたい」と思えた。
同じ一日なのに、まるで違う一日だった。
日常は、今日も続いている。
悲しみがあっても。
後悔があっても。
母はいない。
それでも朝は来る。
だから私は、今日も私の歩幅で歩いていく。