○昭和初期③(1938年~1940年)
昭和12年に日中戦争が勃発、日本国内では「国民精神総動員」などの物々しいスローガンが溢れた時代にあたる。宝塚でも時局に沿った演目が増えつつあり、スターが軍服や割烹着を着ることも珍しくなくなっていた。
男役の声が低くなり始めたのは、この辺りからと推測する。それまで低い声を出すのは、よくて老人役とか父親役とかくらいだったのが、軍人を演じる――威厳や捨て身の覚悟を表現する――ために低い声を出さざるを得なくなったのだ。当時の『歌劇』でも、甲高い声で天皇陛下万歳を叫ぶのはやめてくれ、というような投書が掲載されている。若い女性が軍服を着ることへの反感のようなものもあったらしい。着こなし方がなっていないなどの苦情が同じく『歌劇』にあった。
また、戦争に直接関係ない演目もまだ上演できたが、それらも「科学への理解を深める」だの「歴史に興味関心を持たせる」だの、四角張った理由がついていた。少女歌劇はこうして、従来の豪華で夢々しいものから、教養を深めつつ国民精神を培うものへと変貌していった(そうした風潮の中で、より個々人の「芸」が重要視され、全体的に舞台の質が向上していったことは皮肉である)。
軍人を演じるにも、また歴史上の偉人を演じるにも、よりリアルな男性に近くないといけない。このような風潮の中で、低い声と立派な体格(背丈がある)をもつ生徒によい役がつき始めた。
楠かほるさん(24期)は日中戦争の前から主演を張っていたが、その後の躍進ぶりはやはり時流に乗った結果と思われる。
一方で、「フェアリータイプ」の男役の活躍の場はみるみるうちに少なくなっていった。
宇知川朝子さん(20期)は昭和13年(1938年)、「三つのワルツ」で退団。奇しくもこれが、戦前最後の大型洋物レビューとなる。
「小夜・葦原時代」と後々まで語り継がれるスターだった葦原邦子さんも、昭和14年(1939年)に惜しまれつつ退団。時代は確実に変わりつつあると感じさせるに十分な出来事だっただろう。
なお、「白薔薇のプリンス」と称された春日野八千代さん(18期)はこの頃、メルヘンな王子様から、勇ましく精悍な若者へとイメージチェンジ(でも男役の色気は滲み出ている)。戦時下も変わらず看板スターであり続ける。
当時の男役の声は、台詞入りの音源で聴くことができる。戦争ものでは「壮烈貴志中尉の歌」(葦原邦子・月影笙子)、「漢口さして」(二条宮子・春日野八千代)、それ以外では「三つのワルツ」(星影美砂子・草笛美子・宇知川朝子・美空暁子・楠かほる)、「桃の花咲く頃」(葦原邦子・海原千里)がわかりやすい。特に葦原さんのものは、歌う時はメゾソプラノ、台詞の時は低い声と、一曲で聴き比べができるのでおすすめ。
対する娘役も、可憐一辺倒ではやっていけなくなる。特に戦時下にあっては、男性が兵隊として戦地に赴くため、残された女性の働きはより重要になる。これからの女性は雄々しく凛々しくあらねば! ということで、前述の二条宮子さんや、萬代峯子さん(25期)のような熱っぽい、一途なタイプの娘役の活躍が増えた。
また、劇団で一番人気のあった小夜福子さんは、男役だけでなく娘役としての出演もするようになる。男役を専門にしていたのだから、娘役を演じる時にも雄々しく凛々しくなるのは当然である。しかしファンは「やっぱり男役が見たい」となった。そりゃそうだ。
○昭和初期④(1941年~1944年)
戦争真っ只中。宝塚の演目も、戦争や国威発揚に関するものばかりになる。その中で求められる男役像と娘役像は?
主に前項で述べた通り、男役は「より男らしく」、娘役は「より勇猛に、かつ優しく」。この頃になると、男役が本当の男っぽくないから嫌だ、というような意見は流石になくなったようである(『歌劇』が休刊しているので、新聞の演劇評などから探るしかないのがネックだが)。それだけ、男役の演技スタイルが確立したということだろう。また、前述の春日野さんや楠さんは女役にも挑戦。国策に沿い、歴史に名を刻む勇猛な女性を演じた。
娘役も、モンペや割烹着の衣装で頑張っている。この時代は、芝居も大事だが、とにかく歌える人が重用されていた気がする。というよりは、みんな歌えるようになっていたということかもしれない。劇場での公演以外にも、小グループに分かれてあちこちの工場や職場に慰問に行っては唱歌を披露したり指導したりしていたというから、それまで以上に歌唱の重要性が増していたといえる(歌だけなら、芝居や踊りと違って場所とらないし)。中でも糸井しだれさん(21期)は、戦時下の歌姫として現代に至るまで語り伝えられている。
大正から昭和戦前期までの男役/娘役を振り返ってみたが、まとめると、大体以下のようなコースになる。
男役:そもそも娘役との区別なし(大正前半)→ 男役としての個性が出てくる(大正後半)→ 少女の夢を体現したメルヘンな「男役」(昭和・戦争前)→ よりリアルな男性像へ(昭和・戦時中)
娘役:可憐で可愛く(大正前半)→ 可憐な中にも個性が出てくる(大正後半)→ 可憐なだけではない個性を前面に(昭和・戦争前)→ 雄々しく凛々しく勇猛に、そして人々を慰める優しさを(昭和・戦時中)
劇団創立から30年でこの変化。それから約80年が経過した現在、上記の変化はどのように映るだろうか。
そのほか、私がぜひとも伝えたいのは、「男役と娘役の地位は同等だった」ことである。
拙作『花園ロマンス』でも、それを心がけて書くよう努めている。