こんにちわ。福浦萩です。
2025年7月17日の投稿をもって
「高校生原付キャンプ旅【旅をしない軽音部編】」
が完結いたしました。
おかげさまで最後まで投稿する事が出来ました。
この物語は高校生原付キャンプ旅の外伝的な作品ですが、作者の趣味嗜好を自重せず投入した結果、旅とタイトルにあるのに旅を一切しない物語となりました。
2025年7月17日現在、高校生原付キャンプ旅の正式な続編の続きを書いている途中です。作者のデータの中ではゆっくりと高校二年生になった三人が西日本を旅している最中です。日々の隙間時間や気が向いた時にしか書かないのでいつ書き終わるかは作者にも不明です。
この外伝で書いたライブやバンド練習をした事で、三人のバイトの時間は大幅に削られ、高校二年生の彼女達も貧乏バイク旅行をする事になりそうです。
学生というものはお金が無い生き物です。お金が無いのでこの外伝でもバンド作品によく出てくるスタジオや、ライブハウスという場所とは縁が出来ませんでした。
その為、舞台は学校と育美の家だけでほぼ完結していますが、ある意味健全な音楽活動を過ごさせる事が出来たと思っています。この外伝は、彼女達が旅に出ずに軽音部員として活動していたら、というもしもを彼女達に体験してもらう為に書きました。
この外伝を書いた事で、高校二年生の彼女達の夏休みも旅三昧にしても、まぁ良いかな…と思っています。
上にも書きましたが学生というのは基本、お金が無い生き物です。
お金は無いけど時間は有る。彼女達にはそんな中でバイト代をやりくりして二回目の旅の予算を作り、豪華や便利では無いけど、かけがえのない幼馴染との原付バイク旅を西日本でして貰えたらなと思います。
とりあえず三人が鹿児島に辿り着いたら鳥刺しを食べさせてみたいなと思っています。
読んで下さりありがとうございました。
以下、作者の後書き的な物になります。
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改めまして、「高校生原付キャンプ旅【旅をしない軽音部編】」を読んでくださり誠にありがとうございます。
読んでくださった方、読んで下さっている方のおかげで完結まで投稿する事ができました。本当にありがとうございます。
元々高校生原付キャンプ旅を書き始めた頃から、旅だけの高校生活じゃなくて学校行事でも何かさせたいと思い、それだったら文化祭でバンドかな、と思っていたのでこの外伝は一番最初の構想の範囲内でした。高校生原付キャンプ旅の物語の時点で楽器や音楽関係の話がちょくちょく出て来るのはその為です。
思い切り作者の趣味嗜好を投入した音楽の話を書いておきながら作者は高校生の時にバンド活動にのめり込み過ぎて留年して、懲りずにそのまま次の年には退学になった経緯がありますので、上にも書きましたがスタジオとかライブハウスには近付かせないようにしました。ちょっと、バンド費用の為に夜のバイトを頑張り過ぎてしまったんです。昼は学校をサボってずっと神社の裏とかでギターを弾いてました。楽しかった思い出も多い時代でもあるのですが、同時に愚かだなぁ、と今では思います。
何かに夢中になれる、本気になれる、という事は素晴らしい事ですが、地に足を付けた活動というのが大事だと本当に思います。作中に出てきたみずきちゃんとかは父親が厳しくなければ作者と同じようなコースを迎えそうな性格だなぁ、と思いながら書いていました。
とはいっても、人生道を踏み外しても案外どうにでもなります。もちろん限度はありますが、高校を退学になる位は案外余裕で挽回できます。世の中には高校卒業程度認定試験、という物もありますし、本気で勉強すれば試験は合格出来ます。高校に何年か通っていたので数科目は学科免除も出来ました。試験合格にした後に「これくらいで高校卒業したのと同じになるんだったらさっさと学校を辞めてこの試験受けておけば良かったなぁ。その方がバンドとバイトが出来る時間が増えたのに」と当時の私は思った位です。
もし、高校や学校に通うのが苦痛で苦痛で仕方ない方が居たら、こういう方法もあるんだなと覚えていただけたら幸いです。作者自身はなんだかんだありながらも高校生活を謳歌したタイプなので高校生活にネガティブなイメージはありませんが、世の中には環境に合う、合わないという物があります。それはその人自身が悪い訳では決して無く、ただ合わないだけです。環境に合う場所や自分が環境に合うようになるきっかけは必ず何処かにあります。作者自身はそれが旅に出てそう思うようになった、というオチになりますが、自分の事を誰も知らない場所というのは案外心地が良い物です。転地療法、ともいうのかも知れません。
話が盛大に逸れましたが、高校生活というものを作者はなんだかんだ結構気に入っていました。周りに一緒に馬鹿な事をしてくれる人がいて、留年した後も元同級生が留年した私を笑いにクラスに茶化しに来たり、一個下の同級生と修学旅行二回目を大いに楽しんだり、元同級生と新しい同級生の合同グループを作って遊んだり、と楽しんでました。まぁ、その後は色々ありましたが、旅をきっかけに色々あって、回復しました。
段々何を言いたいのか良く分からなくなってきました。とりあえず、大体人生何とかなるよ、という事と、旅は楽しいし、なんかきっかけになるかもだからおすすめ。という事だと思います。後は必要に応じて、適切な治療と、休息と、時間です。太陽の光を浴びる事です。生きてさえいれば、10年、20年のスパンで物事を考えれば、大体は何とかなります。
ちょっと、多感な頃の音楽関係の話から感想を派生させるとあらぬ方向に話が飛んでしまいます。しかし、多感な頃、と書きましたが、年々鈍感になっていってる今の自分が、多感な頃の感性を捕まえたくてこうやって旅の物語やバンドの物語を書かせようとしているのかも知れません。結構鈍感な自分というものを気に入っているのですが、人間は無いものねだりをする生き物なのかな、と思いました。
以上、あとがき的なものでした。