2022年11月30日に「ChatGPT」をOpenAIが一般公開してからもうすぐ4年となります。その便利さと言ったらもう……誰もが驚いたはずです。
日本経済新聞社(星新一賞)と東京創元社(創元SF短編賞)などが有名どころですよね。
星新一先生がご存命であったとしたら、果たしてそのような作品をどのように評価するでしょう?
昔からある賞ですが、そのまま勝手に名前を使用され……せめて『生成AI賞』だとか『ChatGPT賞』でも名称改めるべきです。
創元SF短編賞に至っては『プロットや文章表現の補助的な利用だけでなく、「文章のすべて、もしくはほとんどをAIに生成させた作品」での応募も制限付きで受け付けている』とのこと。
それはもう創作とは呼ばないですよね。
また、アメリカの研究チームによる実験。
一般読者に人間とChatGPTが書いた短編小説をブラインドで評価させたところ、多くの参加者が「AI生成の作品」を最も高く評価したとのこと。参加者の約半数から6割以上がAI作品と人間作品を正しく見分けられないとのこと。そりゃそうです。そういうアルゴリズムですから。
けれども、新人賞にはAIで書かれたと思われる作品が増加し、選考現場は深刻な状況に陥っていると。
このような事態になることは、多くの方々も予想していたのではないでしょうか?
この流れはまず「テキスト」という生成AIが最も得意とする分野にて問題となり、やがて「絵」「音楽」「アニメーション」……とで、間違いなく波紋を広げることになるでしょう。
いえ、もうそれは水面下で始まっていますね。
今後、生成AIによる作品……いえ、作品なんて呼称することもいけないと思うのですが、より見分けがつかなくなっていくことは間違いありません。その方向へと向かって生成AIは調整されていくからです。
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問題は「AIで作成しました」と申告しない人が必ず存在するということです。創作者側は著しくモチベーションを失います。また、コンテンツを消費する側の人々も決して生成AIが書いた作品を好ましく思わないでしょう。
その結果、あらゆるコンテンツの価値が下がります。消費行動も抑制されるのではないでしょうか。
買いますか? 生成AIが書いた(かもしれない)小説を。創作者のバックグラウンドがないそのコンテンツに、興味がありますか?
創作者側・消費者側、そのどちらもが「つまらない」と思い、一部の人を除いては誰も幸せにはならないのではないでしょうか?
私は現時点で、そのように考えております。