(後世の推測と個人的なフィルターがかなり入っています)
昔、あるお嬢様がいて、彼女のそばにはとても親しい一人のメイドがいた。
ある日、お嬢様は国でも非常に高い地位にある大将軍に嫁ぎ、メイドもまた彼の妻となった。
お嬢様はついに子供を産むことはなかったが、メイドは二男一女を産んだのち、病で亡くなった。
その後、お嬢様はメイドの子供たちを我が子のように慈しみ、大切に育てた。
なかでも彼女が特に可愛がっていたのが、文武両道の長男だった。長男は文武に優れ、しかも大将軍の長男であったことから、父の後継者となる可能性が高いと見られていた。
しかしその後、大将軍は息子を連れて出征する。
戦いは一度は勝利したものの、将軍が現地の女性に手を出したことで降伏した兵たちの怒りを買い、逆に包囲されてしまった。
長男は父に自分の馬を譲り、殿を務め――戦死した。
その知らせを聞いたお嬢様は激怒し、将軍をこう罵った。
「あなたは私の息子を死なせておいて、悔やみもしないのですか?」
大将軍は当時、その国で最も権勢を誇る男だった。
そんな彼が彼女に十分な時間を与え、自ら実家まで迎えに行って説得した。
大将軍は何度も、まだやり直す余地はないのかと尋ねた。背中に手を添えてなだめ、立ち去る間際にさえ振り返り、もう一度問いかけた。
しかし、お嬢様はただ機織り機の前に座り、布を織り続けていた。
まるで、杼の行き交う音ですべての雑音をかき消そうとするかのように。
最後には、大将軍も離縁を選ぶしかなかった。
そして晩年、死を目前にした大将軍はこう嘆いたという。
もし死後の世界があり、あの世で息子と再会して、
「私の母はどこにいるのですか?」
と尋ねられたら、自分は何と答えればいいのだろう、と。
個人的には、お嬢様が養子をあれほど慈しんだことも、大将軍にあれほど激しい怒りを向けたことも、もしかするとすべて、メイドへの愛から来ていたのではないか――と思っている。
そして、お嬢様と大将軍が離縁する前のこと。
お嬢様は、まるで典型的な悪役令嬢のように、歌舞を生業としていた身分の低い側室を見下していた。
お嬢様と大将軍が離縁したのち、その側室は正妻となった。
ところが彼女は、離縁して実家に戻ったお嬢様のもとをたびたび訪ねるようになった。
あまりにも頻繁に訪ねてくるものだから、お嬢様のほうが恐縮して、
「私はもう離縁された身なのに、正妻となったあなたが、どうしてこんなに何度も会いに来るのですか?」
と言うほどだった。
そしてお嬢様が亡くなったあとには、彼女を手厚く葬るよう大将軍に願い出たのも、その元・側室だった。
――これは、また別の物語。
これは三国時代、曹操の妻のうち三人――丁夫人(お嬢様)、劉夫人(メイド)、卞夫人(元舞姫)の物語。
※丁夫人と劉夫人が主従関係にあったことは史書には明記されておらず、劉夫人が正妻ではないにもかかわらず長男を産んでいることや、丁夫人がその子を深く慈しんでいたことなどから、後世に推測されたものです。