本作『残差の血統〜鉄と帳簿の生存工学〜』、先ほど最終話まで公開し、全4話・約11万字をもって本編完結となりました。
この小説は、
**「何もない家族が一つの血族を作り上げていく過程には、一体どのような要素が必要なのだろうか?」**
という問いから生まれた作品です。
日本史には、伊勢新九郎、斎藤道三、豊臣秀吉、安田善次郎、岩崎弥太郎など、後世から「一代で成り上がった」と見なされる人物が複数存在します。
しかし、その過程を見ていくと、既存の血縁や地縁、政治的・経済的ネットワークと完全に無関係な状態から、一人の力だけで台頭した例はほとんどありません。
岩崎弥太郎にしても、その成功過程には土佐藩や後藤象二郎、グラバー商会、ジャーディン・マセソン商会などとの接続がありました。
世界史に目を向けても、劉邦や朱元璋、テムジンなど、低い立場から巨大な勢力を築いた人物は存在します。しかし彼らもまた、台頭の初期の過程で周囲の人間を取り込み、婚姻や軍事、政治的同盟を通して外部の力を内部へ接続していきます。
では、
**地縁も、血縁も、既存勢力からの後ろ盾もない。**
そんな状態から、一つの家族が生存し、世代をつなぎ、やがて「血族」と呼べる集団へ成長することは可能なのか。
可能だとすれば、
**どのような条件と機能が揃えば、ゼロからの生存と台頭が可能なのか。**
そこが、この物語の出発点でした。
もう一つ、この思考実験を考えるきっかけになったのが、妻が見ていたアニメ『天幕のジャードゥーガル』でした。
モンゴル帝国のように、複数の異なる外部勢力から妻を迎える体制では、婚姻によって外部との結びつきを獲得できる一方、それぞれの出身母体の利害もまた内部へ持ち込まれます。
その利害の交錯は、巨大な勢力を作る力になると同時に、後には熾烈な内部抗争を生み出す要因にもなります。
では逆に、
**婚姻によって複数の外部勢力を内部へ持ち込むのではなく、外部の後ろ盾を持たない同一姉妹という、初期の利害関係を可能な限り一つに閉じた条件から始めたらどうなるのか。**
そこでは、どのような役割分担が生まれ、何を資源として蓄積し、何を切り捨て、どのような掟を作らなければ集団は生き残れないのか。
そんな思考実験から、この物語を書き始めました。
そして実際に書き進めてみると、作者として予想していなかった面白い現象が起きました。
キャラクターそれぞれの過去、役割、欲求、制約、守るものが定まっていくにつれ、「作者が物語を動かす」という感覚が次第に薄れていったのです。
この人間がこの場所にいて、この状況を観測し、これまでの履歴を背負っているなら、
**「そう動くしかない」**
というベクトルが自然に生まれる。
誰か一人を都合よく動かせば、別の人物との関係や、それまで積み上げてきた因果が壊れてしまう。
結果として、作者が展開を決めるというより、設定された条件から人物たちの判断を追跡していくような執筆になりました。
書き手としても、非常に刺激的で面白い体験でした。
## 全4話・約11万字という構成について
Web小説の定石である「短い話をこまめに更新する」という形式を完全に無視し、文庫本丸ごと1冊分ほどの熱量を、あえて4つの大きな塊として叩きつける構成を取りました。
スキマ時間に気軽に流し読みできる作品ではありません。
それでも、この重い物語に腰を据え、最後まで付き合ってくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
## 公式イメージPV(楽曲・映像)を公開しました
完結にあわせ、本作の世界観と、その底流にある祈りを刻んだ公式イメージPVを制作・公開しました。
▼ YouTube:公式イメージPV
https://youtu.be/A7i2q0zDolQ
小説本編では、できるだけ感傷を排し、
**「冷徹な帳簿と生存の記録」**
として物語を書くことに徹しました。
誰が何を失い、何を得たのか。
誰が働き、誰が食べ、何を蓄え、何を諦めたのか。
そして、次の冬を越えるために何を選んだのか。
本編が記録したのは、主にその部分です。
だからこそPVでは、逆に**本編で意図的に書かなかったもの**を描きました。
硬質な文字の行間に沈んでいた登場人物たちの体温。
誰にも言えなかった冬の代価。
記録にも帳簿にも残らなかった感情。
そして最後に残された「空の椀」への祈り。
それらを、音響と映像として結晶化させたものです。
冒頭の静寂、水門で交わされる視線、そしてラストに並ぶ椀。
本編を最後まで読んだあとにご覧いただくと、小説とは少し違った角度から、この物語の終着点を感じていただけるのではないかと思います。
## 最後に
奇跡も魔法もない世界で、
泥をすすり、
嘘を抱え、
鉄を打ち、
帳簿をつけ、
それでも次の世代を生かすために掟を敷いた者たちの物語でした。
彼らが作ろうとしたものは、最初から大きな国でも、莫大な富でもありません。
ただ、自分たちの次に生まれてくる者が、
**昨日より少しだけ、温かい椀を手にできる場所。**
そのために積み上げたものが、結果として家になり、掟になり、血族になっていきました。
決して万人受けする軽快な作品ではありません。
それでも、この物語に触れてくださった方の胸の奥に、最後の椀から立ち上る、消えない温かい湯気のようなものが少しでも残れば幸いです。
これまで星、レビュー、応援、そして何より、この長い物語を読むために貴重な時間を割いてくださった皆様。
本当にありがとうございました。