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朝から近況報告。カクヨムコンが今年もやって来ますね。

 今週も読みに来てくださった皆さん、ありがとうございます。『月影~』沈海平反乱編ですが、11月上旬までに終結をなんとか迎えることができそうな見通しです。
 これまでお付き合いいただいた皆さん、もうしばらくお付き合いいただければと思います。今から読もうと思っている方、ゆっくり読みはじめていただけたらちょうど良いかもです。

 さて、今週は何かと慌ただしく、とても長い一週間でした。終わってしまえば、あっという間でもありましたが。
 そんな中、沈海平反乱編をどう終わらせて次につなげようかなあと考えたり、長編を再び読み始めたりと、のんびりカクヨムしていたすなさとです。

 そう言えば、カクヨムコン9が発表されていましたね。一年に一度のお祭りなので、参加はしたいなと思っています。新作を書けるかどうかは微妙ですが💦 新作の方が有利なんだろうなと感じますが、そのためだけに書く気にはなれず。
 今書くとすれば、『カナはどうしても溺愛展開になれない』の続きか、以前からタイトルだけ決まっている作品かのどちらかですね。

 毎日のように新作が出続けるカクヨムでは、新しいものを書き続けることが常に求められているようにも感じます。ただ、小説でさえ大量生産大量消費社会のシステムに組み込まれてしまっているようで、これは憂慮すべき事態だと個人的には感じます。
消費主義は、資源を枯渇させ人間を疲弊させます。小説しかり。読者も作者も枯渇し疲弊します。で、何もなくなって疲れた者から去っていく。要は使い捨てです。

 インターネットは誰もが表現する機会を与えられたと同時に、あらゆるものが安価もしくは無料となりました。誰かの「手間と暇」に、誰も「お金」を落としてくれなくなっています。本来、食品でも服でもイラストでも小説でも何かが出来上がるとき、無料なんてあり得ない。安い(無料である)のは、誰かの手間ひまを踏みにじっているからです。

 カクヨムさんもロイヤリティプログラムなんかで付加価値を付けてはくれていますが、これだけで生活できるほど稼いでいる人はいらっしゃるのかな? そのうち、本当の意味でのプロ(専業)がいなくなるような気がしてならない。

 朝からなんの話だ? ああ、カクヨムコンをどうしようかという話でした。今日も一銭にもならない小説を書き続けるすなさとですよぉ~!

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