ハロイオです。
カクヨムで、私としては初めての「追放もの」である『魔石デフレ追放』を書きました。
「追放もの」は賛否が分かれやすいらしく、それについての私なりの意見をまとめ、その解決策やアンチテーゼを小説に集約させたつもりです。
「最初は王道の追放ものと思いきや」というコメントもありましたが、「追放もの」のパターンを、幾つかの視点から是正したつもりのところもあり、ここに記します。
自分の作品の要素は読者の想像に任せるべきかとも考えましたが、今回は、今後「追放もの」を書く方の叩き台になるかもしれないとして、あえて解説します。
まず、「追放もの」の多くには5つの流れがみられます。1.「主人公の貢献が仲間に認められない」、2.「一方的に追放される」、3.「主人公は新天地で成功する」、4.「追放した側は不足で失敗する」、5.「呼び戻してももう遅いと断る」です。
この1について、「本当に貢献していたなら理解しない方があまりに展開としておかしく、していなかったなら追放されて当然」という意見があり、3と4にも繋がるようです。また、5の「断ることで、追放した側の失敗に巻き込まれる被害の責任を主人公は取るのか」という批判も多いです。
これらを解決するために私は、「主人公の客観的な事実としての貢献を、仲間は認めてはいるが、手段が主観的な意見として気に入らないので追放しただけ」、「主人公の新しい手段も、それを批判して追放するのもルール違反ではなく、職業の自由の範囲内」、「周りが事実としての働きを認め、大多数が主観的な問題を気にしなくなったので、追放した仲間の方が少数になった」、「主人公の貢献は収入を増やすだけなので、断っても誰も直接的には死なない」という展開にしました。
現実の多くの読者は「断っても死者が出るほどではない仕事」をして、その悩みを「死者の出る物語」に適用する限界があるかもしれません。
また、「追放もの」の多くは、主人公が特殊な技能で珍しく成功するのでしょうが、現実的にそのような成功の確率は低く、基本的にミクロでの解決策にしかならないと私は考えました。
そこで、「経済学のミクロとマクロの違い」を入れました。
さらに、「追放もの」が流行するのは、需要不足による人手過剰が原因だと考えて、デフレ不況の要素を入れました。
また、環境問題などは、「ミクロでの善意の成功が、マクロで模倣して、気付かなかった問題が露呈する」可能性も考えられます。
そもそも、環境問題は元々は、「ある時代の新しい科学技術」が招いたことも多く、当時としては、「認められずに追放される」事例もあったかもしれず、「環境問題が善意や努力で発生することもある」、「追放ものの成功も、新しい科学技術ならば環境破壊を招く可能性がある」として、「追放もの」と「環境問題」の双方のジャンルへの私なりの問題提起になりました。
さらに、「周りが追放の問題を放置するのがおかしい」という批判を、「経済学から追放の問題を分析してはいるが、政治学の理由から説明出来なかった上司」という形にしました。
これらの要素を、私なりに6章でまとめたつもりです。
意見があれば、コメントなどをお願いします。