私は塾講師をしている。担当科目は国語だ。 ある時――授業と授業の間の休み時間のことだったか――将来、何になりたいかという話になった。中学受験コースの、小学六年生のクラス。教室にいる生徒は七人で、たまたま、女子ばかりだった。 「先生は昔から塾の先生になりたかったの?」 そう訊ねられたので、うん、と、私は頷いた。実際、高校一年生の頃の進路指導で、すでに将来は塾講師になりたいと発言していた記憶がある。その頃はたしか数学か理科を教えたいと思っていたので、その後に文学部に進むことになったのは大きな進路変更ではあったが、まあ、将来の夢を叶えたといえばそう言って差し支えないのだろう。 「でもさ、もうひとつ夢があって」 板書を消しつつ、笑いながら、私は付け足した。 「作家になりたかったんよね。というか、今もなりたい。いまでも夢。退職したら小説書こうかなって思ってる。――いつか本を出したら、その時は、みんな買ってよね」 半分本気で、けれども冗談っぽく言うと、子供たちもたのしそうに笑う。うんうん、ぜったい買う、と、そう無邪気に頷いた。 「ねえねえ、ペンネームは?」 「ないなら、あたしたちが決めてあげる!」 ころころと笑いながら、七人は盛り上がる。そして、中受クラス所属の生徒らしい賢さを発揮して、彼女たちはあっという間に私のペンネームを決めてしまった。 「……わかった。じゃあいつか、そのペンネームで本を出すから。絶対に見つけてね」 言いながら、私はテキスト類を持って教室を出た。 あれから、もう、四、五年程が経つだろうか。私はまだ退職はしていなけれど、細々と小説を書きはじめた。中学受験を無事に終え、それぞれに塾を巣立っていった彼女たちとは、卒業後、顔を合わせる機会はなかった。 ましろちゃん。 めいちゃん。 たまきちゃん。 にこちゃん。 あやこちゃん。 りこちゃん。 さつきちゃん。 これから先、私が小説を書き続けようとする限り、あの瞬間と、そしてあの子たち七人の名前を忘れることは、きっとないのだろう。
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