「あれ、ここって」
気が付けば駐車場にいた。一瞬どこだか分らなかったけど、今は思い出せた。そうだ。ここは俺がバイトしているホームセンターの駐車場だ。
でもなんでこんな場所に……ああ、そうか。これは夢だな。
明晰夢はたまに見る。夢の中で自由に動けたり、まれに普通ではない動きが出来たりする夢だ。空を飛んだりとかね。こうして夢であることを自覚できるとレールにそって進んでいくだけの夢が箱庭のようになる。
空を飛ぶことも自由だし、漫画みたいな動きだってできる。だから夢だと自覚できた時点で俺はこの夢を楽しむことを決めた。
「まずはホームセンターの中にでも行くかな」
そう一人こぼしながら歩いていくと、人影がある。誰かいるのかと思って近づいて――俺はすぐに後悔した。
そこにいたのは、異形の化け物だった。
膨れ上がった腕に、モンスターのような鋭い爪。頭髪はなく、眼球もない。まるで切断されたかのような鼻に裂けた口から涎が零れ落ちている。そしてその口からピュー、ピューとまるで口笛のような音がしていた。
だが夢である事を理解している俺に恐怖感はなく、むしろなんだこれ? と疑問に思う程度に余裕はあった。近づいても動く気配はない。まるで人形のように佇むそれを無視して俺はホームセンターへと急いだ。
無人のホームセンターでひとしきり遊んだ俺はもう帰ろうと思い、出口へ進む。自動ドアが開き、また広い駐車場へ訪れた時、悲鳴が聞こえた。
「きぁああああッ! 誰か、誰か助けてッ! 痛い、イタイッ!!」
あまりの悲鳴に何を言っているのか一瞬分からない。ただ、分かったのは――ホームセンターの前にいたあの化け物が、女性客の指を一本ずつ千切っているという事だった。
コンクリートに倒れ、化け物に身体を抑えられ、親指を、人差し指を、中指を……まるで子供が無邪気に蟲の足をちぎるように捥いでいる。
これは夢だ。そう理解しているにも関わらず俺は全身から汗が止まらない。大丈夫、これは夢。これは夢。そう言い聞かせ、両手で耳を塞ぎながら急いでその場から離れていく。
その時、ピューピューという音が聞こえた。
心臓が早鐘のように鳴る。あの口笛のような音が間違いなくすぐ後ろから聞こえたのだ。
歩きは、早歩きになり、気づけば全力疾走していた。だがそれでも聞こえる。
ピュー。ピュー。
すぐ後ろから。これだけ走ってもまだ離れない。もう迫りくる恐怖に頭は混乱し、気づけば後ろを振り向いていた。
目の前に怪物がいた。
眼球の無い顔で、裂けた口で笑みを浮かべ、俺のすぐ後ろにいる。
「あ、あ、あああああああッ!!!」
ただ叫んだ。肺にある酸素をすべて出すようにただ叫び走った。これは夢だ。夢の中なら超人的な動きだってできるはずだ。
なのに、俺の足はいつもより重く感じる。走っても走っても進まない。そんな俺を嗤うように化け物は俺の腕を掴み、コンクリートの地面に叩きつけた。
ピュー。ピューとすぐ近くで化け物の口から音が聞こえる。
もう俺の指を握っている。あとは地面に埋まった雑草を抜くように引き抜くだけだ。
これは夢だ。夢なんだ。覚めてくれッ! 頼む、早く早く早くッ!!!
ピュー。ピュー。という音とともに化け物が嗤った。ああ、もう駄目だ。襲い掛かる激痛から目を背けるように俺は目を瞑り――目が覚めた。
「はぁ。はぁ。――はぁ」
汗でびっしょりだった身体をゆっくりと持ち上げる。周囲は俺のよく知る散らかった部屋。呼吸を整えるようにゆっくりと自分の指が無事であるかを確認し――――。
すぐ後ろからピュー。ピュー。という音がした。
慌てて後ろを振り向くと窓の向こうで近所の子供が笛を鳴らして遊んでいる。
くそ、その笛のせいでこんな夢みたのかよ。
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以前みた怖い夢のお話でした。
昔怖い話を投稿しているサイトにも書いたので、もしかしたら見たことがある人もいるかもしれません。
まあ、子供に殺意を覚えたのはこれが初めてです。
皆も朝方に笛を鳴らして遊ばないようにね!
作者が泣きます。