夜だ。
眼の前には、駅前のバス停があった。バス停には、帰宅のバスを待つ長い行列が出来ていた。帰りに、僕と加奈が毎日見ている・・決まりきった光景だ。
僕たちは、バス停の疲れ切った行列を黙って見つめた。
唐突に加奈が言った。
「木陰にはランクがあるのよ」
僕は首をひねった。
「木陰? ランク?」
加奈が笑った。
「そう、さんさんと日が照り付ける緑の丘の上に・・1本だけ大きな木があって・・その木が大きな木陰を作っているとするでしょ。そういった木陰は、特別ランクの木陰なのよ」
「特別ランクの木陰?」
「そうよ。こんな風に・・」
加奈がバス停に向かって手を振った。すると・・
眼の前のバス停や行列が消えて・・
小高い丘が現れた。丘一面が緑の芝生に覆われている。芝生には、さんさんと日が降りそそいでいた。丘の稜線の向こうには、抜けるような青空が広がっていた。僕と加奈は、その丘のふもとに立って、稜線を見上げていた。
僕は加奈に聞いた。
「こ、ここはどこ?」
加奈が僕の手を取った。
「ここは、私の世界・・一緒に行こう」
加奈が僕の手を取ったまま、丘の稜線に向かって駆けだした。
加奈のスカートから伸びたすらりとした足が・・駆けるたびに太陽の光を反射して、白く光った。
僕は加奈と手をつないで走った。
一歩ごとに・・芝生が柔らかいクッションになって、僕の足を包み込んできた。
丘の稜線に、1本の大きな木があった。大きな木陰を作っている。加奈が手を引いて、僕をその木陰に導いた。
木陰に入ると・・加奈が立ち止まった。僕を見た。葉の隙間から、葉漏れ日がこぼれて・・加奈の頬に緑色の陰影を作っていた。涼しい風が吹いてきて、加奈の前髪を揺らした。加奈の前髪が揺れると、加奈の頬の緑の陰もゆるやかに揺れた。
加奈がやさしく言った。僕の手を握ったままだ。
「いつまでも・・ここに・・」
僕はゆっくりと頷いた。
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