はじめまして、アシタノです。
しがない社会人をしています。
元々学生時代は文才も無ければ語彙もなく、
読む専だったのですが
社会に出て、文章を書くことも増えました。
その中で、アウトプットがしたい。
と思い書きはじめました。
少しでも何か感じてくれたら幸いです。
よろしくお願いします。
近況だから作品に関係ないことでもいいのかな。
以下、近況の雑記です。最近思ったこと。
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「もし恋という感情に匂いがついていたら、この世に片思いは存在しなかったかもしれない」
というお笑い芸人がいた。
なんとも文学的だろうと思った。
しかし、面白くない気がしたのでネタは見なかった。
恋について考えてみた。
もし「恋」という感情に、最初から正しい名前が与えられていたなら、この世界に、片思いなんて生まれなかったのかもしれない。
たとえばそれが「両想いを前提とした感情」という意味の言葉だったなら、人は誰かを好きになると、同時にその相手もそれは宿るものなのだろう。
「好き」は届かずに散っていくものじゃなく、
出会った瞬間に約束されるようなものだったことかと思う。
だけど現実の「恋」は、名前がざっくりしすぎている。
「切ない」も「嬉しい」も「苦しい」も、全部まとめて同じ一語で呼んでしまう。
だから人は、自分の感情が報われる種類のものなのかどうか、いつまでも確かめ続けなきゃいけない。
もし恋に、
「片想い用の名前」と「両想い用の名前」が最初から分かれていたら、胸を刺すような期待や誤解は、きっと今よりずっと少なかった。
はたまた、それがもし匂いだったとするならば、すれ違いは減って、告白はいらなくなって、言葉にできない苦しさは、たぶん消えていた。
だけど同時に、「好きかどうか、まだわからない時間」という、いちばん甘くて残酷な揺らぎも
この世からなくなっていたのかもしれない。
でも、そうじゃないからこそ人は今日も名前のない気持ちを 「恋」と呼びながら、答えのない相手に心を投げ続けるのか。
もしかしたら、片思いとは言葉に雑さが残された世界が生んだ些細な隙間なのかもしれない。