ペニス ・フィクションを愛好する皆さんへ
『親指と親指の間のある場所について』は、55話をもって完結しました。
ここまで読んでくださった方々に、心から感謝します。
書き始めた時点では、この作品がどのように受け取られるのか、まったく見当がつきませんでした。実際に読み、感想を残してくださった方々がいたからこそ、最後まで書き切ることができました。嘘です。最初から全ての文が書き上がっていました。しかし、公開のための編集作業のモチベーションになったのは本当です。
さて、ひとつお話ししたいことがあります。
しばらくの間、私はこれを胸の内に抱えたままでいました。
皆さんようやくお伝えできることを、嬉しく思います。
『親指と親指の間のある場所について』は、ペニス ・フィクション三部作プロジェクトの、一本目です。
残る二本については、すでにプロットが完成しており、本文もある程度まで書き上げられています。
一本目にあたる『親指と親指の間のある場所について』は、神奈川県内に点在するペニス の落書きを、インタビュー、昔話、公文書、社内報、SNSのログ、落語、郷土史研究会の会報といった記録から追跡していく作品でした。ジャンルとしては、ペニス ・モキュメンタリー・ホラーということになります。
率直に言いましょう。
ペニス ・フィクション三部作プロジェクトの三本のうち、私自身の「我」が最も強く出ているのは、この一本目です。
理由は明白です。あちこちの文献や記事を拾い集めていくという形式は、「何を拾うか」「どう書くか」と選ぶ際に、書き手の好みも思惑も、そのすべてを露呈させます。モキュメンタリーというのは書き手を隠しているように見えて、実際には何ひとつ隠せていない。ペニスと同じですね。あれは、すべて私です。
さて、なぜペニス・フィクションを三本もやるのか。
ペニスは、通常は一本です。誰もがそう考えるでしょう。しかし、人類全体の平均を取るならば、その数は0.5本ということになります。ここで一つ問いたいと思います。我々は全員、0.5本のペニスを所持して歩いているのでしょうか? もちろん、そうではありません。誰ひとりとして0.5本ではないのです。平均というものは、そういうものです。それは、実質的には何も語っていません。
だとすれば、ペニス ・フィクションが途中で増えたり減ったり、はじめから三本だったりしても、統計的には、誰にも文句を言う資格はないはずです。もちろん、統計がどうであれ人のペニスやペニス・フィクションの本数に文句を言う資格など、誰にもないのですが。
おわかりいただけたでしょうか?
もっとも、本当の理由を言うならば、ペニスを一本で終わらせるつもりが最初からなかった、ということに尽きます。
ひとつの題材に対して、入り口はいくらでも存在します。ペニスと同じように、ペニス・フィクションも様々な形態を取ります。私はまず、そのことをお見せしたかった。55話という分量も、そのためのものです。まず私がどれだけ真剣で、どれだけ多くの角度からペニスを描けるか、どれだけ多くの形のペニス を生み出せるのかをお見せし、一つの信頼関係を築きたかったのです。
残る二本について、現段階で詳細は明せません。ヒントだけを残しておきます。一本はペニスの物理的な特性を用い、もう一本はペニス の社会的な特性を用いることになります。
もう一点だけ。残りの二本は、WEB小説の連載、形式により正しく適合した形でお届けするつもりです。
続報をお待ちください