今日9月8日は、島津久保公の御命日です。
パパである義弘さんの後世に残っている手紙によれば、8日の夜半に亡くなったとのこと。
この夜半、『深夜0時前後』という意味です。
そのためでしょうか。
8日ではなく、7日が久保公の命日と記載されている史料もいくつかあるようです。
確かに戦国時代に正確な時計もありませんから、夜中であれば不思議ではないかもしれませんね🙄
可能な限り史実に沿いたくて、そのシーンは作中(後編)においても夜中をイメージして描いています。
となると、必然的に山本親匡公の御命日でもあります。
久保公のお墓は何度も手を合わせに行ったことはありますが、実は親匡公の供養塔にはまだ行けておらず…😖💦
もちろん行きたくて、この小説を書き出してすぐに一度鹿児島に行った時に足を伸ばしたのですが、何せ住宅街のこんもりとした林の中のため駐車場もなく、地元の方ですら行くかどうかのような場所。
当然他県ナンバーで路駐(ごめんなさい)していたので、地元のおじいちゃんに不審者を見るような目で見られていたため、駐禁貼られて通報されたらヤバい😱!
とチキンが故にビビり散らかし、泣く泣く断念したのはいい思い出です🙄笑
お会いしたかったです、親匡公🥲
なので今度は、ちゃんと駐車場押さえて!
一眼レフでも肩からからって!
おじいに怪しまれても撃退(笑)できるように男連れ(相方連行します)にして!
いかにも歴史探訪者のような雰囲気を醸し出して、行こうと思います🤤笑
そして2026年、完結して初めての久保公と親匡公の命日。
昨年は肥前名護屋城などを散策して創作のイメージを練ったりしていたのですが、今年は残念ながら仕事😭!!!
つまんねぇな…😑と思って仕事の合間にチャッピー(AI)に絡んだところ🙄!笑
なんとチャッピーが!
私の小説『玉響の桜』のイメージ画を作ってくれましたー👏!!
わー!!!👏👏👏
言わずもがな、久保公と亀寿姫の夫婦ですね!
久保くそイケメン!亀寿超かわいい!
しかし最初は😑
イメージと違う!
もっとあぁしろこうしろ!
…と、素人ですが一応は彼らを生み出した(?)作者としての威信をかけて、チャッピーに夜まで文句を言ったのは、ここだけの内緒です🤭
わりかし、私のイメージに沿ってくれました😋笑
ありがとうチャッピー!
ということで、本編は完結して、他の番外編たちは私の気ままに描き散らしている今。
少しでもこの玉響の世界観を広げられるものを皆様にお見せできたらと思い、今日は筆を執りました。
需要ないですね!笑
しかし!
なんと(私が)調子に乗って、匡輝(親匡)と綾もチャッピーに書いてもらいました!🤭
画像は一枚しか載せられませんので、親匡夫妻は次の近況ノートに貼り逃げします!
どのシーンをチャッピーにイメージしてもらったか、わかる方がいたら泣いて喜びます😂笑
彼らもかなり、私のイメージに沿ってもらいました!
もはや何を書いていたかわからなくなりましたが、今回はこのあたりで!
↓島津久保公&亀寿姫夫妻
※画像はAI作成です