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雨宮妃里

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  • 2016年11月21日に登録
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  • 1日前

    テイルデザイナーの活動報告 第5回「水」

    五月も今週で終わり。 気付けば気温も上がって、街が初夏らしい気温に包まれています。この時期は衣服の選び方に戸惑います。特に寝ている間。寒くて体を冷やしてはいけないし、逆に暑くては眠るに眠れない。熱帯夜よりはマシですけどね。 日常的において「暑い」と感じる時間が増えたせいか、冷たい飲み物を美味しく感じるようになりました。 アイスコーヒーやアイスティーはもちろん、冷たい水までも体が好意的に受け止めています。 朝に目覚めた時。 食事の時。 原稿を書いている時。 寝る前。 ミネラルウォーターではありません。ただの水です。それも蛇口を捻って出てくる水です。 私は非常に驚いています。少し前までは自分自身の身体が不安になるレベルで煎茶ばかり飲んでいたというのに。これは一過性の変化か、あるいは少しずつ体質が変わりつつあるのか。どちらにせよ、水を飲むのは良いことですよね。 だって、人間の体は水で構成されているそうですから。 高校時代に古本屋へ通いすぎたせいで「今の己は古典文学によってつくりあげられた」と勝手に自負している私ですが、水を飲まなければ生きてはゆかれぬ体。生きることが苦しくて苦しくて仕方なくても、体は水を欲する。気付けば喉が渇いている。それってつまり、生きようとしているってことなんですかね? 今週はここまで。 来週もたぶん書きます。 雨宮妃里
  • 5月21日

    テイルデザイナーの活動報告 第4回「春」

    今週は書きまくっています。いつにも増して。 書いているというより、記録しているという作業に近いかも。 喉の奥で、ずっと、冷たい水を飲んでいるような感覚がしていて、文章を書くたびに喉が冷えます。氷水です。紙コップで提供される飲料の自販機で売られているやつみたいな。あれをぐいっと飲んでいる気分です。 私はよく「精神に温度がある」と感じるのですが、あれは比喩ではありません。本当に冷えています。 今週は毎朝、午前六時四十分に目覚めています。 目覚めるというより、夢の世界から戻ったみたいに我に返ります。 目覚めた後は白湯を飲んで、ベランダに出ます。 柵が妙に低いです。風も強い。春先の風は人間を変な方向へ導いてしまうような構造をしているので嫌いです。押してくる感じがある。 そんなベランダでは植物を育て始めました。葉を擦ると金属みたいな匂いがします。私は生活を整えていないと、自分の内側の変な部分が膨張してくるので、道具にはかなりこだわっています。 コーヒーミルは手挽きです。音を立てて回していると、脳のノイズが少し静かになります。豆は深煎りばかり。浅煎りは酸っぱくて怖いので苦手です。何を考えているかわからない味がします。 食器はほとんど白です。例外は、青いガラスの小皿が一枚だけ。十代の頃、海辺の骨董市で買いました。縁が欠けています。そこから光が漏れるので気に入っています。 この前、その皿に生ハムと無花果を載せて食べました。そういう瞬間だけ、「生きる」という行為が少し高級になります。 私は高級な人生に憧れています。 お金持ちになりたいという意味ではなく、苦痛から解き放たれたいのです。 苦しみたくない。 さてさて。今週も新たなアイディアが浮かびました。いくつもの連載を同時に抱えるのは大変ですから、現在連載中の「ゆで卵と恐蜥」が完結したら書き始めようと思います。 ちょっと意味がわからない物語です。でも、わからないものを書いている時だけ、私は少し安心します。意味が完全に理解できるものって、たぶん全部、死んでいるので。 最近は夜になると洋楽を流しています。古い時代のノイズが好きです。音楽というより、遠くで雨が降っているみたいだから。 スマホの某サブスクリプションアプリの再生ボタンをタップした瞬間、世界が急に丁寧になります。 ああ、この世界には「ゆっくり触らなければいけないもの」がまだ存在しているんだな、と思います。 私は不老不死になりたいです。 これは昔から変わりません。 ただ、「永遠に生きたい」のではなく、「終わる時間を自分で決めたい」のだと思います。 勝手に終わらされるのが嫌です。 なので、とりあえず来週も小説を書きます。 生き延びるために。苦痛を和らげるために。 今週はここまで。 来週もたぶん書きます。 雨宮妃里
  • 5月14日

    テイルデザイナーの活動報告 第3回「私向きの物語設計」

    設計に明け暮れる毎日。同時連載中の「Hazardous Flowers」と、もう一作の「ゆで卵と恐蜥」は同じキャラクターを登場させているおかげか、少しだけ設計しやすいですね。 前者の方は、自分でもよく分からないまま設計しました。書いている途中で「これは傑作かもしれないぞ」と思ったのですが、初投稿して三時間後に読み返したら、意味不明すぎて笑ってしまいました。よって、今現在に公開されているエピソードは、あれこれと修正を施した後のものです。 逆に後者は徹底的に練った上で設計した一作。やっぱり練ることって大事ですね。初期衝動で筆を走らせることは私に向いていないという事実が分かりました。 どちらも人間の醜さを描いたストーリー。私の作品に出てくる人たちは、基本的にはすれ違いの連続。でも、ときどき、説明不能な部分で妙に噛み合うことがあります。歯車ではなく、割れたガラス同士が偶然ぴったり合うみたいに。その瞬間を読者様方にはお楽しみいただきたいです。 今週はここまで。 来週もたぶん書きます。
  • 5月7日

    テイルデザイナーの活動報告 第2回「大型連休が明けて新作を投稿したけど……」

    大型連休が無事に幕を下ろしました。 今年の連休は家族旅行へ出かけました。夜、宿泊先の旅館で原稿を書く私を見て、家族が何と思ったかは分かりません。おそらくは心配したことでしょう。前にも増して執筆にのめり込んでいる自覚がありますから。 私の生活には、くだらないこだわりこそあれど、活力が漲っているとは云えない空気が漂っています。ゆえに健康的でエネルギッシュな生活スタイルを営んでいる人の話を聞くと、どうにも自嘲せざるを得ないのです。 諸先輩方が凝りに凝った朝食をとるのに対し、私は朝にキャベツと豆腐しか食べません。気が向けば、そこにフルーツを付け加えるくらい。不愉快なのです。正午を前にして、体内へ油脂が入り込んでゆく感覚が。 さてさて。 今週から『ゆで卵と恐蜥』の連載を始めています。先週に公開した『Hazardous Flowers』と並行し、暫くは二作同時に書いてゆくことになります。私にとっては未だかつてない挑戦ですが、何とかなるでしょう。 『ゆで卵と恐蜥』は日常系のSFで、ダウナーな文体を意識しています。舞台は1999年。主人公は研究者の女性。平凡な研究活動の日々に割り込むように突如として謎の生物が運ばれてきたというストーリーですが、私は少し首を傾げています。 果たして1999年が平凡だったのか? 当時私は1歳でしたから、覚えていませんが、人類滅亡の予言なるものが世間を騒がせていた事実は歴史として知っています。いつだってオカルトを信じる人が大半を占めることは無いでしょうが、年末に世界が滅びますと言われて心穏やかでいられる人は少ないはず。真偽のほどが分からず、ましてやそれをわずかとはいえない数の人が信じていた。考えてみると異様な状況ですよね。激烈ではないにせよ、うっすらと恐怖感じみたものが漂っていたような気がします。 今回『ゆで卵と恐蜥』の主人公はガチガチの理系として設計しています。常に数字と向き合い、数字によって裏付けが成り立たない事象については否定的な感想を抱く、かなりロジカルな人物です。よって、世間に漂うオカルト予言は信じておらず、その一方で現実的な課題として2000年問題を懸念しています。史実を見ればどちらも世界に大した影響を及ぼさなかったのですが、後からは何とでも言えるもの。彼女のように予言は信じずとも、2000年問題を恐れていた人は多かったのではないでしょうか。前者と違い、後者には数字に基づく可能性の補強が施されていたわけですからね。自他に充満する不安感を前に、彼女は如何なる行動に出るのか――私といたしましては、その部分に当人の人間味を感じられる小説になれば幸いです。 今週はここまで。 来週もたぶん書きます。
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  • 4月30日

    テイルデザイナーの活動報告 第1回「初めて投稿するにあたって」

    はじめまして、あるいはご無沙汰しております。雨宮妃里でございます。 小説家と名乗るにはあまりにも自意識が邪魔をするため、私は自分のことを「テイルデザイナー(tale designer)」と呼んでいます。響きが気に入っているだけで、特に定義はありません。物語を設計する人間という程度の意味です。 僭越ながら、今週から活動報告を書きます。創作活動から、だらだら気味の日常まで、比較的自由に書くつもりです。読者様方におかれましては、お時間の許す時にでもご覧頂けたら嬉しく思います。 さて、今週の活動報告です。 まずは過去作の改稿について。第一作をタイトルも含めて全面的に全面的に見直しました。当時の私は、今よりも幾分か健全で、幾分か表現力が未熟だったと思います。そのため、描写の温度が中途半端で、どこか読者様方に対して遠慮があったように思います。今回はその「遠慮」を丁寧に削ぎ落としました。本来、人間の感情はもっと露骨で、もっと不快で、もっと美しいものであるはずですからね。 具体的には、登場人物の内面描写を中心に書き換えています。痛みや快楽を単なる出来事として処理するのではなく、それに伴う「思考の歪み」をきちんと描くことにしました。読んでいて気分が悪くなる箇所が増えていれば、成功です。私はそういう作品を設計する人です。 続いて、新作「Hazardous Flowers」の投稿を開始しました。私にしては初めてのスパイもの。まだ序盤ですが、こちらは最初から遠慮を捨てています。人間社会を「優しさ」や「理解」で説明するのではなく、「陰鬱」と「すれ違い」で組み立てています。今のところ、読者数はほとんどありませんが、そのうち増えると良いなと思います。尤も、静かな場所で育てたい気もしていますけど。 まあ、今週の活動報告はそんなところです。これを書いているのは4月30日の夜。暦が変わらぬうちに初回を出せて良かったと思う反面、もう少し早く書けば良かったと悔やんでもいます。これから活動報告は毎週更新しようと思っていますが、果たして書くことがあるのかと不安にも思っています。 何せ、私の生活は実に平凡そのもの。小説家の先輩方とは比べ物にならないほどに出不精です。1LDKの我が家からは殆ど外へ出ることがありません。白とグレーを基調にしつつ、家具を極力少なくしているせいか、地味な床がよく見えます。「何もない空間は思考を整理するのに適している」と姉に教わって部屋を造ったのは良いですが、読者様方に面白いと思って頂けるような活動報告を書くには向いていないのかも。 この近況ノートには画像を添付する機能があるようですね。でも、私にとっては宝の持ち腐れになりそうです。おいしい料理を作って画像をお見せするのも良いでしょうが、キッチンには最低限の調理器具しか置いていません。ただ、ハサミだけは妙にこだわって選びました。切れ味の良いものは、それだけで少し安心します。 そんな狭いキッチンで為す行為と云えば、日々同じ動作の繰り返し。朝は決まってコーヒーを淹れます。豆を挽く音が好きです。自然で、色っぽい音だからです。熱湯を注ぐとき、粉が膨らむ様子を見ていると、何故か「生きているもの」を連想します。そういう連想は、あまり健全ではないと自覚していますが。第一、あまり手の込んだ料理も作りません。食事は簡単なものが多いです。サラダとスープ、あるいは適当な炭水化物。味にはそこまで興味がありません。ただ、食べるという行為そのものには強い関心があります。人間が何かを口に入れ、咀嚼し、飲み込むという一連の動作は、とても原始的で、どこか儀式的です。そういうところを観察していると、少しだけ気が紛れます。 趣味は映画の鑑賞と散歩です。観る作品は偏っています。価値観が現代に近い作品はあまり好みません。人間の醜さや歪みが、そのまま提示されている作品の方が落ち着きます。散歩は夜が多いです。昼間の街は少し明るすぎて、私には刺激が強いので。 最後に、少しだけ個人的な話をさせてください。 私は昔から「生きていること」があまり得意ではありません。それでも、死にたいわけではなく、むしろ逆で、できることなら終わりたくないと思っています。痛みが嫌いなだけです。不老不死に憧れるのは、そのせいかもしれません。永続的な安寧を選びたいというのは、おおよそ傲慢なのでしょうが、私にとっては自然な感覚です。 だからこそ、書いています。 文章の中でなら、苦しみを形にして、少しだけ外に出せる気がするからです。 今週は以上です。 来週も、たぶん書きます。