『終幕世界で君に愛を』 1章3話冒頭
瞼を開いた先には、白い天井が出迎える。僅かに響く小鳥の囀り、穏やかな陽気。雨上がりの、少し湿った草木の香りが鼻腔をくすぐる。
____嫌な夢を見た。
そう思わせるほど、平和を匂わせる空気が心地よくて。私は微睡む意識からどうにも抜け出せずにいた。
「愛菜ちゃん」
そんな夢と現実の境目の中、甘い声音が耳朶を打つ。その声は失われた筈の、恐ろしくも欲してしまう母親の声。
途端、曖昧な感覚は嘘のように消え去り、私はベッドから勢いよく跳ね起きる。
「あ、起きた起きたぁ!あいなっちゃん!」
マットのスプリングがギギと軋む。それは直感の元に伝わる僅かな警鐘。視界の端に黒い影が過ぎり、私は反射的にベッドの背もたれへと身を寄せる。ぼふん、と間抜けな音を立てて布団へ沈み込む影は、ぐるりと身体を反転させ私の顔を覗き込む。
目いっぱいに見開かれた瞳は、今日も愛を湛えていた。キラキラと反射する瞳孔に見慣れた私が映る。その眩しさに目を逸らせば、嫌でも周囲の状況が見えてしまう。
先まで私が脚を伸ばしていた場所へくるみの体躯が無遠慮に横たわる。両手に頬を湛える彼女はリズミカルに首を揺らしており、それが彼女の"らしさ"を象徴していた。手入れのされていない頭髪からは少し骨ばった肩が覗いており、なぞるように目線を動かせば、幼い顔つきに反して骨ばった体が妙に印象的だった。上下下着姿のせいか、やせ型の身体がよく目立つ。
そこまで観察して、焦点は彼女の奥へと移り変わる。昨日見た薄暗い室内とは打って変わり、日中の保健室は慣れからの安堵を誘う。しかし、視界の正面に座す制服が直様それを否定した。
戸棚に掛けられた二着の制服。見慣れた若草色に染みる朱殷が、昨夜の恐怖を呼び起こす。
「夢じゃ、なかったんだ」
口にして、現実を強く噛み締める。