「かーやーあー」
ぐりぐり。
「フィディール。右上四段目、左端へ」
「わかった」
「かーやーあーあー」
ぐりぐりぐり。
「正面、一段目の真ん中。……フィディール、この「常勝戦略」という指南書読みました?」
「読んだ」
「参考になりそうですか?」
「そうだな……。主観になるが、全体的に無難どころの定石が書かれていて、あまり実践に慣れていない一般警備隊員に基礎知識として覚えてもらうには向いているかもしれない」
「かーやーあーあーあーあーあーあー」
「そうですか。読んだことがないので、読もうかと思ってたんですけど……」
「カヤがわざわざ読むほどのものでもないと僕は思うな。それなら、ギゼラさんの話を聞いた方がよほど参考になるんじゃないか?」
「なるほど、ありがとうございます」
「かーやーあああああああああああああ!」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐり。
「………」
その光景を、少し離れたソファに腰かけながら、オズウェルは見ていた。
〈盤上の白と黒〉の書棚の前。仲良く隣に並んで本を戻しているのは、金髪をうなじのあたりで束ねた青年と、とび色の髪の女性だ。
そして、とび色の髪の女性に背後から抱き着き、額をぐりぐりと女性の頭に押し付けているのは駄々っ子――ではなく、体格の良い黒髪の男、ハインツ。
オズウェルは上司であるハインツの幼稚な姿を、呆れてものが言えないというように眺めていた。
「……どうして何も言われないんだろう、あれ」
「いつものことですからねぇ」
独り言にのほほんと間延びした高い声が返される。
見れば、オズウェルが据わってるソファのちょうど反対側。琥珀色の髪を二つに結わえた眼鏡の女性が相変わらずのにこにこ笑顔でいた。
と。
「いででででででででででで!!」
唐突にハインツが悲鳴を上げる。
見れば、カヤがハインツの手の甲をつねっている。悪さでもしようとしたのだろう。
しばらくして、フィディールが最後の一冊を本に戻し終える。
「カヤ、お疲れ様」
「手伝ってくださってありがとうございます、フィディール」
穏やかな挨拶を交わす、上司《フィディール》と部下《カヤ》。
そして、部下である女性のすぐそばでは、彼女の直属の上司であるハインツがつねられた手を痛そうに振っている。
ソファに腰かけていたアメーリエが、カヤに近づきながら「お疲れ様ですぅ」と声をかける。視界の端でそれを見やりながら、オズウェルは代理執政官である二つ年上の青年に近づいた。
「……フィディールさん」
「どうした?」
フィディールが翡翠色の瞳を瞬き一つ。ついでに「お前が人がいるところで僕をさん付けとは珍しいな」と、少し嬉しそうに一言。
「……その、本を戻してる最中、隊長のこと気にならないんですか?」
「え? ハインツが何かしてたか?」
「え!?」
「え?」
疑問に疑問が返され、オズウェルはばっと確認を取るようにカヤの方を見た。
「隊長、ずっとカヤさんに抱き着いてましたよね!」
そこで思い当たったように、フィディールがぼんやりとうなずいた。
「ああ、そういえば……」
「そんなようなこともしてましたね」
カヤも似たような反応だ。
「そんな曖昧な……」
呆れたようにオズウェルが肩を落とせば、やはり同僚のアメーリエがのほんと言った。
「いつものことですからねぇ」
オスティナート大陸、三大精鋭にして、執政官および代理執政官の親衛隊でもある〈盤上の白と黒〉。
今日も通常運転。