校門の前でミカエルは優一郎を見つけた。
音もなく背後に回り込み、勢いよく肩を抱き寄せると、そのまま両手で目を覆った。
「ユウイチ〜!」
わざと伸ばしてから、急に声を落とす。
「さあ、誰でしょう〜?」
優一郎はぴくりとも動かなかった。
「……ミカエル」
乾いた声で。
「正解!」
ミカエルは手を離し、くるりと前に回り込む。
また「世界が気に入らないモード」
か?その顔、もうデフォルトじゃん。笑うとこ忘れた?
優一郎は小さく鼻を鳴らした。
「で? 何だよ」
視線はスマホのまま。
「うわ、無視までセット?完璧だな」
ミカエルは両手を頭の後ろで組み、顔を覗き込む。
「何見てんの?」
「ニュース」
ぶっきらぼうに一言。
「は?寝不足?」
ミカエルがさらに顔を近づける。
「分かってて聞くなって…」
優一郎はため息をついた。
「昨日、相手の戦術ずっと潰してただろ。ほら、これ」
スマホの画面を見せる。
「へぇ…」
「これ、ワンチャンあるな。今日の夜、回す?」
優一郎は欠伸をひとつ。
「明日」
一拍おいて。
「探偵小説、続き気になってる」
「はぁ?マジで?」
「どんだけ多趣味なんだよ、お前」
二人は校舎へ入る。
ミカエルは歩きながらぼそっと言う。
「……固いこと言うなって」
次の瞬間、頭を抱えて叫んだ。
「あーっ!ユウイチぃ!頼むって言ってんだろ!俺マジで詰んでんの!助けろって!」
優一郎は振り向きもせず。
「二分じゃ無理」
そのまま教室へ。
ミカエルはその場で固まった。
「……え、今の普通にキツくない?」
―――――――――――
「……でも――」
五烈ミカエルは言いかけて、ふと口をつぐんだ。
教室のあちこちから、妙にざわついた囁き声が流れ込んでくる。
ただの雑談にしては、熱がある。
ミカエルは眉をひそめた。
「おい、何の騒ぎだ? ……で? ケンカは?」
宿題のことなど完全に頭から抜け落ち、彼は二人の男子生徒に歩み寄る。
片方の男子は、視線を相手から逸らさないまま言った。
「神代先輩がさ……古い病院で“沈黙の供犠”をやれば、悪魔を呼び出せるって。」
教室の空気が、わずかに張りつめる。
もう一人が、声を落とした。
「神代先輩、ぽろっと言ったんだ。あの廃病院の中で……“何か”を呼べるって。悪魔みたいなやつを。」
「神代先輩……?」
ミカエルが低く復唱する。
「本当だよ。」
別の生徒が、青い瞳の彼をちらりと見る。
その瞬間――
五烈の脳裏に、ある記憶がよぎった。
本部から消えた一冊の書物。
悪魔の名と、その性質が記された禁書。
ただの偶然か?
それとも――
答えの出ない疑問が、胸の奥に沈む。
“沈黙の供犠 - (ちんもくのくぎ)”。
まずは、それを調べる必要がある。
ミカエルの視線が、わずかに鋭くなった。
ミカエルは、わずかに身を乗り出した。
「なあ、神代先輩って……具体的に何て言ってたんだ?」
本気の興味を隠さない声。
まるで、掴みかけた糸を逃すまいとするように。
男子の一人が顔を見合わせる。
「話すのはいいけどさ……」
少し間を置いてから、にやりと笑った。
「一緒に来るなら、な。神代先輩が言ってたんだよ。呼び出すには、ちょうど五人必要だって。」
「そうそう!」
大地が勢いよく身を乗り出す。目がきらきらしている。
「俺と悠司、こういう悪魔系の話マジでテンション上がるんだよ!もしかして本当に見れたりしてさ?」
「五人、ね……」
ミカエルは顎に手を当てる。
沈黙の供犠。
神代流星。
胸の奥で、好奇心が静かに火を灯す。
「いいじゃん。」
突然、顔を上げた。
「俺と優一郎も行く。」
「は?」
青緑色の髪を揺らしながら、火六優一郎がゆっくり顔を上げる。
「俺に確認なし?」
「ユウイチ、頼むって。あと一人足りないんだよ。それにさ――」
ミカエルはにっと笑う。
「悪魔なんていないって、証明できるチャンスだぞ?」
優一郎は細く息を吐いた。
「……面白そうではある。」
一拍。
「でも、時間遅くないか? しかも廃病院。正気?」
声は淡々としているが、賛成とは言い難い。
「怖いのか?」
五烈は肩で軽くぶつかった。
「別に。」
火六は席へ戻りながら答える。
「存在しないものを検証するのは、合理的じゃないって言ってるだけだ。」
「ほんとに?」
食い下がる青い瞳。
そのとき――
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが教室を切り裂いた。
優一郎は小さく舌打ちに近い息を漏らす。
「……はぁ。分かった。」
口元に、わずかな笑み。
「もし俺が“存在しない”って証明できたら――お前、一週間分の宿題やれ。いいな?」
挑発とも取れる声音。
ミカエルは一瞬固まったが、すぐに顔を輝かせる。
「乗った!」
振り返り、クラスメイトたちに向かって親指を立てる。
「五人目、確保!」
「よっしゃ!」
ちょうどその瞬間、教師が教室へ入ってくる。
ざわめきがすっと収まり、椅子の音が揃う。
何事もない、いつもの授業が始まった。
――その日の放課後が、いつもの延長ではないことを、まだ誰も知らない。
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