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    第1話 学校の一日(謎の出来事)

    校門の前でミカエルは優一郎を見つけた。 音もなく背後に回り込み、勢いよく肩を抱き寄せると、そのまま両手で目を覆った。 「ユウイチ〜!」 わざと伸ばしてから、急に声を落とす。 「さあ、誰でしょう〜?」 優一郎はぴくりとも動かなかった。 「……ミカエル」 乾いた声で。 「正解!」 ミカエルは手を離し、くるりと前に回り込む。 また「世界が気に入らないモード」 か?その顔、もうデフォルトじゃん。笑うとこ忘れた? 優一郎は小さく鼻を鳴らした。 「で? 何だよ」 視線はスマホのまま。 「うわ、無視までセット?完璧だな」 ミカエルは両手を頭の後ろで組み、顔を覗き込む。 「何見てんの?」 「ニュース」 ぶっきらぼうに一言。 「は?寝不足?」 ミカエルがさらに顔を近づける。 「分かってて聞くなって…」 優一郎はため息をついた。 「昨日、相手の戦術ずっと潰してただろ。ほら、これ」 スマホの画面を見せる。 「へぇ…」 「これ、ワンチャンあるな。今日の夜、回す?」 優一郎は欠伸をひとつ。 「明日」 一拍おいて。 「探偵小説、続き気になってる」 「はぁ?マジで?」 「どんだけ多趣味なんだよ、お前」 二人は校舎へ入る。 ミカエルは歩きながらぼそっと言う。 「……固いこと言うなって」 次の瞬間、頭を抱えて叫んだ。 「あーっ!ユウイチぃ!頼むって言ってんだろ!俺マジで詰んでんの!助けろって!」 優一郎は振り向きもせず。 「二分じゃ無理」 そのまま教室へ。 ミカエルはその場で固まった。 「……え、今の普通にキツくない?」 ――――――――――― 「……でも――」 五烈ミカエルは言いかけて、ふと口をつぐんだ。 教室のあちこちから、妙にざわついた囁き声が流れ込んでくる。 ただの雑談にしては、熱がある。 ミカエルは眉をひそめた。 「おい、何の騒ぎだ? ……で? ケンカは?」 宿題のことなど完全に頭から抜け落ち、彼は二人の男子生徒に歩み寄る。 片方の男子は、視線を相手から逸らさないまま言った。 「神代先輩がさ……古い病院で“沈黙の供犠”をやれば、悪魔を呼び出せるって。」 教室の空気が、わずかに張りつめる。 もう一人が、声を落とした。 「神代先輩、ぽろっと言ったんだ。あの廃病院の中で……“何か”を呼べるって。悪魔みたいなやつを。」 「神代先輩……?」 ミカエルが低く復唱する。 「本当だよ。」 別の生徒が、青い瞳の彼をちらりと見る。 その瞬間―― 五烈の脳裏に、ある記憶がよぎった。 本部から消えた一冊の書物。 悪魔の名と、その性質が記された禁書。 ただの偶然か? それとも―― 答えの出ない疑問が、胸の奥に沈む。 “沈黙の供犠 - (ちんもくのくぎ)”。 まずは、それを調べる必要がある。 ミカエルの視線が、わずかに鋭くなった。 ミカエルは、わずかに身を乗り出した。 「なあ、神代先輩って……具体的に何て言ってたんだ?」 本気の興味を隠さない声。 まるで、掴みかけた糸を逃すまいとするように。 男子の一人が顔を見合わせる。 「話すのはいいけどさ……」 少し間を置いてから、にやりと笑った。 「一緒に来るなら、な。神代先輩が言ってたんだよ。呼び出すには、ちょうど五人必要だって。」 「そうそう!」 大地が勢いよく身を乗り出す。目がきらきらしている。 「俺と悠司、こういう悪魔系の話マジでテンション上がるんだよ!もしかして本当に見れたりしてさ?」 「五人、ね……」 ミカエルは顎に手を当てる。 沈黙の供犠。 神代流星。 胸の奥で、好奇心が静かに火を灯す。 「いいじゃん。」 突然、顔を上げた。 「俺と優一郎も行く。」 「は?」 青緑色の髪を揺らしながら、火六優一郎がゆっくり顔を上げる。 「俺に確認なし?」 「ユウイチ、頼むって。あと一人足りないんだよ。それにさ――」 ミカエルはにっと笑う。 「悪魔なんていないって、証明できるチャンスだぞ?」 優一郎は細く息を吐いた。 「……面白そうではある。」 一拍。 「でも、時間遅くないか? しかも廃病院。正気?」 声は淡々としているが、賛成とは言い難い。 「怖いのか?」 五烈は肩で軽くぶつかった。 「別に。」 火六は席へ戻りながら答える。 「存在しないものを検証するのは、合理的じゃないって言ってるだけだ。」 「ほんとに?」 食い下がる青い瞳。 そのとき―― キーンコーンカーンコーン。 チャイムが教室を切り裂いた。 優一郎は小さく舌打ちに近い息を漏らす。 「……はぁ。分かった。」 口元に、わずかな笑み。 「もし俺が“存在しない”って証明できたら――お前、一週間分の宿題やれ。いいな?」 挑発とも取れる声音。 ミカエルは一瞬固まったが、すぐに顔を輝かせる。 「乗った!」 振り返り、クラスメイトたちに向かって親指を立てる。 「五人目、確保!」 「よっしゃ!」 ちょうどその瞬間、教師が教室へ入ってくる。 ざわめきがすっと収まり、椅子の音が揃う。 何事もない、いつもの授業が始まった。 ――その日の放課後が、いつもの延長ではないことを、まだ誰も知らない。

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    第1話 静かな朝(嵐の前)

    ※本作品はフィクションです ※暴力的・心理的な負荷を含む表現があります ―――――――――――――――――――――――― ――すべては、普通の朝から始まった。 違和感は、まだ名前を持っていなかった。 ―――――――――――――――――――――――― 薄いカーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、静かな部屋の薄闇をやわらかく切り裂いた。 金色の指のような陽射しは、眠る少年の頬をそっと撫でる。 優一郎は小さく身じろぎし、枕に顔をうずめた。 薄い掛け布団に包まれた姿は、まるで繭の中で微睡む子どものようだ。 「……ん……あと、少しだけ……」 掠れた声が、夢の名残を引きずるようにこぼれる。 だが、朝は容赦がない。 次の瞬間、けたたましいアラーム音が静寂を突き破った。 甘い眠りは無情にも引き裂かれ、現実が強引に押し寄せる。 火六 優一郎―それが彼の名だ。 まだ半分夢の中にいるような表情のまま、彼は渋々布団を蹴りのけた。 寝癖で跳ねた髪は四方八方に広がり、まるで小さな鳥の巣のようになっている。 大きなあくびをひとつ。 ゆっくりと伸びをしてから、彼は鏡の前へ向かった。 櫛を手に取り、暴れ放題の髪を丁寧に整えていく。 両側に三角を描くような流れを作り、きちんとした輪郭へと仕上げていくその様子は、どこか儀式めいていた。 鏡越しに自分の顔を見つめる。 「……よし。」 壁の時計に目をやり、優一郎は静かに朝の支度を始めた。 それは、何一つ変わらないはずの―いつもの朝だった。 朝の支度を終え、優一郎がキッチンへ向かうと、そこには温かい朝食の香りが広がっていた。 テーブルには湯気の立つオートミールのお粥、焼いたパン、そして甘い紅茶が並んでいる。素朴だが、どこか家庭らしい落ち着いた朝の光景だ。 「おはよう、優一郎。」 キッチンに立っていた母―優一郎が“ママ”と呼ぶ女性―が、柔らかく微笑む。 「おはよ、ママ。」 彼は椅子を引き、自然な動作で席に着いた。皿を自分の前へ引き寄せ、スプーンを手に取った。 向かい側に腰を下ろしたママが、じっと彼の顔を見つめた。 「また夜中までゲームしてたの?」 図星だった。 優一郎は一瞬視線を逸らし、気まずそうに笑う。 「……うん。でもさ、新しいゲームが思ったより面白くて。気づいたら時間、すごいことになってた。」 そう言いながらスプーンでお粥をすくった。 「いただきます。」 小さく呟くと、すぐに朝食へと意識を向けた。 ママはそんな息子の様子を、どこか呆れたように、けれど優しい目で見つめる。 「へえ。あの、最近ずっと話してるゲームのこと?」 優一郎のスプーンがぴたりと止まった。 「うん!」 優一郎は口いっぱいにお粥を頬張ったまま答えた。 「でも、まだ体験版なんだよ。」 「ちゃんと飲み込んでから話しなさい。」 ママの声は穏やかだが、きっぱりとしている。 「……ごめん。わかった。」 もぐもぐと急いで飲み込み、優一郎は小さく言い直した。 食べ終えた彼は空になった皿とカップをことりと軽く押しやる。 「ごちそうさまでした!」 立ち上がりながら、少し期待をにじませた声で続けた。 「ねえママ。正式版が出たら、買ってくれるよね?」 ママは腕を組み、わずかに表情を引き締める。 「体育の成績が“優”なら、考えてあげるわ。」 その言い方は、どこか先生のようにきちんとしていた。 「ええっ……ママ、それはさすがに無理だよ!」 「努力すれば不可能じゃないでしょう? たとえば、サッカー部に入ってみるとか。サッカー、好きなんでしょう?」 声色は少し柔らぎ、いつもの母親の調子に戻る。 「好きだけど……ゲームとアニメの中だけ。」 正直すぎる返答に、ママは小さくため息をついた。 「もう……仕方のない子ね。 ほら、早く支度しなさい。遅刻するわよ。」 「はーい。」 優一郎は不満そうに呟く。 「なんで今日も体育なんだよ……」 ぶつぶつ言いながら体操着を鞄に詰め込む。 制服に着替え、青緑色の髪を軽く整えると、玄関へ向かった。 靴を履きながら、声を張る。 「行ってきます、ママ!」 家を出た優一郎は、いつもの通学路を歩き始めた。 ふと空を見上げる。 夜明けはまだ、わずかな影を街に残している。 胸の奥に、小さな違和感。 空気のどこかに、説明できないざらつきが混じっている。 だが、黄色い瞳の少年はそれを深く考えようとはしなかった。 「気のせいだ」と、自分に言い聞かせる。 その間にも、目には見えない細い糸が、 静かに―― 確実に―― 彼の周囲へと近づいている。 まだ、知らない。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― まだ夜明けにも届かない薄明の街。 眠りに沈んだはずの路地裏に、低い唸りが満ちていた。 それは風の音でも、車の走行音でもない。 ―戦いの残響。 本来、誰の耳にも届くはずのない衝突音が、 細い路地をすべり、ガラス窓に反射し、 一度は消えかけて―また脈打つ。 まるで空間そのものが、 異物の侵入を拒むかのように。 闇と光の狭間に棲み、 人の恐怖を糧とする存在。 それらを狩る者たちがいる。 討魔師。 選ばれたわけではない。 だが、逃げることも許されない者たち。 人知れず、夜明け前の街で刃を交える。 誰も知らない。 知られてはならない。 そしてその一人が、いま静かに血の気配を振り払っていた。 薄明の霧の中、刃が閃く。 「……数が増えてる。 しかも、増え方が異常だ。」 五烈ミカエルは舌打ちまじりに呟き、迫る異形を斬り払った。 黒い靄が霧へと溶ける。 「悪魔でもないし、天使でもない……ですよね。」 金色を帯びた髪を揺らしながら、彼は横目で先生を見る。 「先生。あれは何なんですか?」 先生は視線を逸らさず、淡々と答えた。 「断定はできないが…… おそらく——歪者(わいしゃ)だ。」 「歪者……?」 ミカエルの目が鋭くなる。 「誰が、そんなものを作ってるんです? こんな数、普通じゃない。」 踏み込みと同時に、一体を一閃。 霧が裂け、気配が断ち切られる。 先生は一瞬、目を伏せた。 言葉を選ぶように。 「発生原因は不明だ。 だが―それを解明するのが我々、討魔師の役目だ。」 その声音は静かだが、揺るがない。 倒れた歪者の一体を符で拘束し、淡く封じる。 「これを研究担当へ回す。 お前は学校へ戻れ。」 「……あ、そうでした。」 一瞬だけ年相応の顔に戻る。 拳を握りしめ、小さく息を吐く。 「では、失礼します。」 背を向けかけたミカエルを、先生の声が止めた。 「待て。」 空気がわずかに引き締まる。 「油断するな。歪者の背後には、まだ姿を現していない何者かがいる。」 その言い方は厳しい。 だが、わずかに―案じる響きが混じっていた。 「……はい。」 今度は真剣な声で答え、ミカエルは霧の向こうへ走り去る。 残された先生を包むように、夜明け前の霧がゆっくりと濃くなっていく。 まるで言葉を吸い込むように。 あるいは― すでに“聞いている”ものが、そこにいるかのように。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 玄関の引き戸が勢いよく開いた。 「ただいまっ!」 まだ朝の空気をまとったまま、五烈ミカエルは家に滑り込む。 息が少しだけ上がっている。頬にはうっすら赤み。 まるで今も何かに追われているかのように。 廊下を駆け抜け、自室へ飛び込み、制服へと着替える。 シャツのボタンを留めながら、さりげなく腕を確認する。 傷は―ない。 血の気配も、もう消えた。 「……よし。」 次の瞬間には、何事もなかった顔で台所へ向かっていた。 キッチンには、柔らかな湯気と味噌の香り。 鉄のフライパンからは小気味よい音が跳ねる。 「おかえり、ミカ。」 振り向いたのは、小柄な祖母。 「ばあちゃん、ただいま。」 その声だけは、さっきまでの討魔師のそれとは違う。 少し甘くて、少し素直で―年相応の少年の声。 「朝から走ってきたのかい?」 祖母は手を止めずに尋ねる。 ミカエルは一瞬だけ視線を泳がせた。 「え……うん。ちょっと、ね。」 嘘は苦手だ。 けれど、これだけは言えない。 討魔師として夜明け前に刃を振るっていることも。 増え続ける歪者のことも。 心配させたくない。 それだけは、本心だった。 「若いんだから元気が一番だよ。」 祖母は笑い、出来立ての朝食を置く。 焼き魚、卵焼き、湯気立つ味噌汁。 質素だが、温かい。 ミカエルは椅子に腰かける。 「いただきます、ばあちゃん。」 箸の持ち方は丁寧だ。 食べる所作も静かで整っている。 優一郎とは対照的に― 口いっぱいに頬張ることはない。 一口ずつ、きちんと味わう。 「昨日、遅くまで起きてたろう?」 祖母がちらりと見る。 「うん。友だちとちょっと。」 完全な嘘ではない。 本当に、友だちのことも考えていた。 黄色い瞳の少年のことを。 「目の下、少し影があるよ。」 「え、ほんと?」 思わず目元を触る。 その仕草は、戦場で刃を振るう姿とはまるで別人だ。 祖母は小さく笑う。 「無理するんじゃないよ。」 その一言が、胸に少しだけ重く落ちる。 ―無理をしている自覚はある。 けれど。 「大丈夫。ばあちゃんが作る朝ごはん食べたら、最強だから。」 冗談めかして笑うと、祖母は照れたように「もう」と言った。 食事を終えると、ミカエルは素早く立ち上がる。 皿を洗い、水を切る。 「学校、間に合うのかい?」 「あ。」 時計を見る。 「やば……!」 鞄を掴み、玄関へ向かう。 靴を履きながら振り返る。 「行ってくるね、ばあちゃん!」 その笑顔はまぶしい。 どこまでも明るい。 祖母は戸口に立ち、小さく手を振る。 「気をつけてお行き。」 扉が閉まる。 家の中に、静けさが戻る。 祖母はふと、玄関を見つめたまま呟く。 「……あの子、最近また無理をしているねえ。」 気づいていないわけではない。 ただ― 問い詰めないだけだ。 朝の光が、静かな台所を満たす。 そして同じ頃、別の少年もまた、同じ空の下を歩いている。 まだ、何も知らずに。

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