「こんにちは悠くん」
眼鏡に長い黒髪をおさげにして、スラッとしたモデル並みの背の高い女性が部屋に入ってきた。そしてバッグを下ろして床に座る。
この人は僕の家庭教師で名前は植村すみれ先生。
本来、担当となる教師は生徒と同性なる人が受け持つのが当たり前なのだが、前の先生が急に事故を起こして入院。その代わりとしてすみれ先生が急遽任されたのだ。
そしてそれは一時的のはずで、他の男性教師に空きがでたら、すぐに変更となる予定であった。けど、すみれ先生との間でトラブルもなく、すみれ先生も僕の担当を続けることを希望したため今も担当となってもらっている。
「こ、こんにちは」
僕は緊張して声がうわずる。
だって仕方ないじゃないか。
この人は僕の推しアイドル・シャインドリーム『溝渕かすみ』なのだから。
本人は地味に変装してアイドルということを上手く隠していると思っているけど、僕にはバレバレ。
それにしても目の前に生の溝渕かすみがいるっていうだけで僕の心臓はバクバク。
先生の方から甘い香りがする。これが大人の──いや、生の推しアイドルの香り。
「中間テストの成績表が配られたのでしょ?」
すみれ先生の問いに僕は意識を戻した。
「はい」
僕は前もって用意していたプリントの束をテーブルに置く。
プリントの一番上には成績表。そこから下は5教科各々の問題と解答用紙、そして模範解答用紙である。
すみれ先生はバッグからプリントを数枚取り出す。
「私がチェックしている間、君はこの問題を解いておいて」
「わかりました」
「あら、成績上がってるわね」
そう。席次が前回のテストより20も上がり、47位となった。2年生は全部で160名。上の下かな。前は67位で学年では中の上だったから、これは嬉しい結果だ。
「はい。先生のおかげです」
「フフッ、ありがと。でも、これは君の実力だかね。誇りを持ちなさい」
「はい」
「待って!」
「?」
「やはりダメよ。47位で満足しては。TVでは10位から発表。せめてランクインに入らないと!」
「……ランクイン?」
「ハッ! な、何でもないわ。忘れて!」
「はい」
すみれ先生も大変なんだね。アイドル戦国時代は終わり、今ではK-POPやアイチューブ出身アーティストの時代でアイドルは衰退期と言われている。
ランクインに入るのも大変なんだろう。
今回の新曲は11位で惜しくもトップ10に入らず。すみれ先生、悔しかったんだろうな。
「よし、頑張ろう!」
すみれ先生は頬をぱしぱしと叩いて気合いを入れる。
さて、僕も頑張ろうか。