人間観察として、
会社の代表とかは、一見、大衆にもてはやされるが、宮中や政界ルートの本丸には到達しない。
傳田芳吉は、伊藤伝右衛門や藤田伝三郎とは真逆の人で、
大衆にはまったく見向きもされないが、宮中とか政界の奥に必要とされる裏のドンだったと。
それでもお互いにないものねだりと、
リスペクトが相俟って?
伊藤「伝右衛門」、藤田「伝三郎」、
と通称を粋を気取り名乗ったんじゃないかと、、、
だってね、
伝右衛門とか伝三郎とかいう通称の命名の習慣て新潟、長野らへんにしかなく、
少なくとも江戸中期は。
それが、だんだん江戸後期に江戸でも粋な職人、商人とかが屋号も相俟って?
家の技を伝えるにいいからと流行ったが、
当時の僻地の山口県あたりにはない習慣だと。