六章のネタバレを含みます。
「あれ? お姉ちゃんは?」
学校から帰って、家の中に入ると、中にはお母さんだけしかおらず、思わずため息を吐いてしまう。
わたしにとっては、お姉ちゃんこそすべてで、お姉ちゃん以外の全てはどうでもいいと言っても過言ではないんだ。
そんなお姉ちゃんが家に居ないとなると、落ち込んでしまうのも仕方が無いし、こうしてため息を吐いてしまうのも仕方がない。
もしかしたら、昨日お母さんと喧嘩をしたせいで、家に居るのが気まずくなったのかもしれない。
もしそうだったとしたら、わたしはどうしたらいいんだろう?
あの日の出来事は、お姉ちゃんに非があると思っているんだけど、それでもわたしはお姉ちゃんの味方でいたい、
まぁ、お姉ちゃんを肯定することが、お姉ちゃんの味方であるとは言いきれないんだけどね。
「あ、おかえり。雪乃は澪ちゃんの家に泊まるんだって」
そんなことを思いながら、リビングの扉を開くと、お母さんがわたしを迎えてくれて、知りたくも無い事実を教えてくれた。
「ちっ」
「こら、舌打ちしないの」
いいでしょ。このくらいのことは。
お姉ちゃんのことだから、あの泥棒猫に隠していた事実を言ったんでしょ。
その後、あの泥棒猫の家に泊まる。
これってそういうことじゃん。
付き合うにあたって、障害となる何かを、あの泥棒猫は受け入れて、赦してくれた。
だから、元々両想いだった二人は……
「……安心するけど、ムカつく」
泥棒猫が、わたしよりもお姉ちゃんが好きだってことは分かってるし、お姉ちゃんの恋人として及第点を上げてもいいとは思ってる。
ただ、それはそれとして、お姉ちゃんを取られたことはムカつくし、顔を見たらぶん殴ってやりたいほど憎しみが湧いてくる。
これって、どうしたらいいのかな?
早くお姉ちゃんに会いたいよ。
「そう言えば、奈月ってどっちが素なの?」
そんなことを思っていたら、お母さんが急に変なことを言いだした。
まぁ、言いたいことは分かるよ。お姉ちゃんとお姉ちゃん以外で、態度はかなり変えてるしね。
「こっち。お姉ちゃんには、可愛い妹って思われたいから、出来るだけ可愛い妹を演じてる。……泥棒猫の前だと、たまに素が出ることもあるんだけど」
「それは、やっぱり……アレが原因……?」
お姉ちゃんがいないし、本当のことをお母さんに伝えると、お母さんは申し訳なさそうに呟いて、少しだけ顔を俯かせていた。
……小学生の時、わたしはいじめられていた。
辛くて、誰にも言うことが出来なくて、たぶん全てを憎んでいたと思う。けれど、そんなわたしを救ってくれたのがお姉ちゃん。
逆に言えば、お母さんたちはわたしを救えなかった。
だからか、まだお母さんに心を開けてない部分は、少しだけある。
「でも、気にしてないよ。あの時は仕事が忙しかったんだし、あの一件で正社員をやめてパートになったのは、申し訳ないと思ってるから」
「子供にそう思わせてる時点で、親失格だよ。雪乃の件もそうだし、澪ちゃんにもかなり悪いことをしたし、わたしは駄目な大人だよ。……もっと、立派な大人になりたかったんだけどなぁ」
澪ちゃんに悪いことをした。その一言が頭に引っ掛かったけれど、それがお姉ちゃんの隠し事と関係あることなんだろうし、お姉ちゃんが許可をするまで言ってくれないことだと分かってるから、わたしは何も言わず、鞄を床に降ろした。
こういう時に、お母さんを慰めるのは、お姉ちゃんの役目なんだよ。
わたしには、こういう時にどうすればいいのか分からない。
心を開けてないだけで、お母さんのことは普通に好きなんだけどね。
「はぁ、今日の晩御飯はわたしが作るよ」
「えっ」
「お姉ちゃんほど上手く作れないから、期待しないで」
だから、わたしに出来ることはこのくらい。
お母さんに駄目なところもあったのかもしれないけど、ここまで育ててくれたことも事実なんだ。
その感謝くらい、して当然だと思う。
それなら、心を開けって話だけど。
「ごめん……ごめんね」
「子供のことを思うなら、謝るよりも先に褒めてよ。ま、わたしはどっちでもいいんだけど」
「……ふふっ、そうだね。奈月は偉いよ」
「奈月はじゃなくて、奈月もでしょ」
軽口を叩いて、一緒に笑った後、わたしは晩御飯を作り始めた。お姉ちゃんほどではないだけで、普通に好きなお母さんのために。
……きっと、わたしはもう、お姉ちゃんに頼ってばかりじゃなく、自分一人でも大丈夫なようにならないといけないだろうね。
お姉ちゃんの幸せな時間を奪いたくはないから、これは仕方がない、ことなんだ。