――ジリジリジリ
「……朝か」
時刻は朝六時ちょうど。私はいつも通り布団の中から出て、洗面台へと向かって行った。
朝とは言え、一分一秒の価値は変わらない。布団の中で時間を無駄にすることなどできないんだ。
蛇口を捻り、頭から水を浴びる。
冷たい水が髪を伝って頬をなぞり、身体に残っていた眠気を流していく。
「よし、行くか」
髪についた水分をタオルでふき取り、パジャマを抜いてジャージに着替えると、私は水筒片手に玄関の扉を開けた。
六月に入ったからなのか、朝の日差しは強く、湿った空気が身体を包み込んでいく。
けれど、たったそれだけの話だ。警報が出るほどの大雨でも、物が宙に舞うほどの風が吹いているわけではない。
(よし、これが終わった後は数学の予習と英単語百個。学校には間に合うはず)
これからの予定を頭の中で組み立てた後、私は数えきれないほど走って来た道に足を踏み入れた。
小学生の頃から続けている毎朝のジョギング。健康面でも、集中力の向上という点でもいい影響を与えてくれており、一生続けるつもりの習慣でもあった。
(そう言えば……)
ふと昔友人に言われたことを思いだす。
どうして、そこまで真面目に生きているのか――その問いの答えは、今もなお見つけていない。
が
(それでも、これはすべきことなんだ)
自身の能力の向上は、将来のために必要なことであるし、ルールに従って生きることは、社会において必要不可欠な行為だ。
どれだけ辛いことであっても、どれだけ嫌であっても、これらの行動は続けていかなくてはならない物であり、これを破ってしまうと、将来後悔することになるだろう。
なのに――
あの後輩は、それらをすべて無視していた。
校則と言うルールを破り、金髪にピアス、授業中は寝て、生徒会には遅刻する。それに加え、定期テストで学年一位を取るほどの学力があるにもかかわらず、普段の小テストは白紙で提出する。
ルールを破るし、成長しようとする意志すらない、私とは百八十度正反対の問題児。
すぐに生徒会から消えると予想していたのだが、アイツはまだ生徒会に所属している。
(それに、雪乃まで……)
まだ、あの後輩だけならよかった。成長しようとしないのは個人の問題だけであるし、ルールを破る件ならその内何とかなると予想していた。
警戒するべきなのは、美紀の馬鹿と組んだ時だけであるが、美紀とアイツの仲は、私とアイツの関係と同様にかなり悪く、あの二人が一緒に行動するなんてことは無いだろう。
だから、油断していた。油断していたせいで、雪乃の変化に気が付かなかった。
アイツが何をしたのかわからない。だが、あの雪乃が校則を破り、透明なピアスをつけて学校に来た。
もちろん、雪乃はそれが校則違反なことは理解していたし、ピアスの穴が安定すればピアスをつけるのをやめると約束してくれたのだが、それでもアイツが雪乃に悪い影響を与えたことは事実だ。
(雪乃なら、認めれたのに……)
私がみんなに好かれない人柄だということは自覚している。
私には愛嬌が無く、真面目過ぎて近寄りがたい雰囲気があるのだろう。
けれど、雪乃は違う。みんなに優しく、柔らかい笑顔を浮かべることが出来て、困っている人がいれば親身に寄り添える立派な人物だ。
美紀のような問題児に生徒会長を任すことは出来ないが、雪乃になら……いや、雪乃しか生徒会長に相応しい人物はいない。そう思ってた。
(それなのに、アイツのせいで、雪乃までルールを破り始めて……)
全部、全部アイツが悪い。アイツが生徒会に入ってから、すべてが狂い始めた。
雪乃がルールを破り始め、美紀がまた昔に戻り始めている。また、生徒会に悪い前例が出来てしまった。
「くそ、気分が悪い」
ここ最近、ずっとアイツのことで悩まされている。
アイツのことなど、出来ることなら一秒たりとも考えたくないと言うのに。
「ちっ、忘れよう」
いつの間にか、私はジョギングをやめて、全力で道を走っていた。
アイツの……黒瀬とかいう一年のことを忘れるために、頭の中を空っぽにしようとして。