元々気晴らしで適当に書いていたSF小説でしたが段々と目的が変わってきたことを実感しています。
いままでは「エッチな宇宙人とのエッチな展開を書きたいなぐへへ」だったのが、今では「宇宙でこういうことがあったらこうなるよなぁ」という思考実験や展開の組み立てに興味がシフトしてきてしまっています。
思い返してみれば、考え尽くしても考え足りないような題材を取り扱っておきながら、思いついたことをそのまま書いているだけで、見せ方については思慮の足りない部分が多いのです。
例えば、狂言回しにしても。主人公を宇宙生活慣れしている経験豊富なおじさんにした時点で、読者の理解を助ける存在としては「初めて宇宙に来た惑星居住者」くらいにしておくべきだった。なのに実際は「箱入り娘だけど貴族としては最小限の教育を受けている宇宙生活者」にしてしまった。
思い付いた事を書いている、といったにしては。逆に思いついておきながら書けてない事も多い。
40話くらい書いておきながらセント・ウォーベル号の話を書く隙間が全くない。謎の存在を示唆しながら今だ薄いままで、今後出せる感じもしない。
……考え付いている筈なのに! 一応。
こうなると根本的に構成に問題がある。
書き直すべきだ、とも思う。
一方で、問題を指摘する人間がいないまま書き直した所で独り善がりで終わるだけなのも判っている。
マンガ「メダリスト」で中学生からアイススケートを始めた明浦路司先生が、コーチに見て貰えない状況でそう思ったように。
「誰か“正解”を教えてくれ」の状態。
心に残る小説やマンガを描いた方達が、皆編集者に感謝している場面を見ました。私には想像の付かない領域で思い悩んだりすることだろうし、私よりも強く“正解”を望んでいるに違いない方々の支えになった存在は大きなものでしょう。
やっぱり編集者って大事なんだなって思いました(小並感)