悠斗は、自分がモブであることを理解していた。
特別な才能もないし、目立つようなこともしていない。何より、目立ちたくない。
静かに学校生活を送り、卒業して、苦労する事なく平穏無事な人生を送りたいと願った。
……なのに、なぜか周りがそれを許してくれない。
朝の教室。悠斗はいつものように窓際の席で、ぼんやりと外を眺めていた。
特に目立つこともせず、普通に過ごしているはずなのに——
「悠斗、お前またやらかしたな」
クラスの中心人物、高橋が肩を組んできた。悠斗は心の中でため息をつく。
「またって……何の話だよ?」
「昨日の体育のバレーだよ。お前、最後のスパイクで試合決めただろ?」
「あれはたまたまだぞ」
「いや、たまたまであんなにキレイに決まるか?マジでヤバかったぞ、あのフォーム」
「いや、たまたまジャンプして丁度、打てるところにボールが来たんだよ」
「そういうとこだよな、お前」
高橋は苦笑しながら言うが、悠斗にとっては納得がいかない。
勝負を決めるタイミングでもない普通の時に、流れで打っただけだ。たまたま決まっただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
試合中、何十点も入るうちの一点をモブの自分が決めた。それだけの話のはずだ。
「悠斗って、昔から『たまたま』とか、『偶然』とか言うよね」
前の席から、千夏が振り返ってきた。幼馴染であり、後の勇者召喚でSランク賢者と称されることになる少女。
気が強く、頭も切れる。昔から悠斗に対しても遠慮がない。
「ほんと、たまたまなんだって!」
自分ではモブに徹しているつもりだ。クラスの中心人物でもある千夏や高橋を引き立てるように、影になり、背景になり、決して目立つ事なく過ごしているつもりだった。
「いや、普通の人間は清水に絡まれても平然としてないから」
「……」
悠斗は、ほんのわずかに表情を曇らせた。
(あいつはなんかムカつくんだよな…。いかん、感情を消すんだ。俺はモブなのだから)
その瞬間、教室の空気が変わった。
ガタッと机を蹴る音がし、数人がざわめく。
「おい、何してんだよ!」
誰かの声が響く。その中心にいたのは、清水だった。
クラスの嫌われ者。いじめっ子。弱いものに手を上げることをためらわない最低な男。
今も、腕を掴まれてうずくまる男子生徒がいる。
「オイ、何が”痛い”だよ? てめぇがぶつかってきたんだろうが」
「で、でも……!」
「言い訳してんじゃねぇよ!」
清水は拳を振り上げた。
その瞬間——
「やめとけ」
悠斗の声が、静かに教室を支配した。
悠斗はモブの自分が、まずは静止して、そこに高橋が登場して場を丸く収める事を想定しての行動だった。
清水が動きを止める。クラスの全員が注目する中、悠斗はゆっくりと立ち上がった。
「お前がやってること、クソダサいぞ」
ここでは清水を挑発して、怒らせる。これぞ最強のモブムーブだ。
「……は?」
「強い奴に勝負を挑むわけでもない。自分より弱い相手を一方的に殴るだけ。それの何が楽しいんだ?」
「はっ……てめぇ、俺に説教するつもりか?」
「いや、そんな価値もない。ただ、見てて不快だからやめろって言ってるだけだ」
悠斗は静かに言い放つ。モブらしく、彼の声に怒りも感情もない。ただ、心の底からの”軽蔑”は滲み出てしまっていた。
「チッ……!」
清水は舌打ちし、拳を振り上げた。
(おっ来た! 成功だ。そして、これを高橋が止めるはず!)
その瞬間——
「やめとけよ、清水」
高橋が悠斗の横に立っていた。
(…さすがは高橋。ここから主人公様の登場で俺はここからフェードアウトだ)
「お前が勝てる相手じゃねぇよ」
「……は?何言ってんだ、お前」
「いや、マジで。悠斗って、運動できるし、ケンカしたらたぶんお前が負けるぞ」
「……っ!」
清水の顔が、みるみるうちに赤くなる。
「おい、行こうぜ清水。みっともねぇぞ」
誰かが清水を引っ張る。周囲の視線に耐えられなくなったのか、清水は舌打ちしながら教室を出て行った。
(あれ? なんか違うぞ…。隠れた実力者みたいになってないか? コレ…?)
静寂が残る教室。やがて、誰かがぽつりと呟いた。
「悠斗……お前、なんでいつもそんなに堂々としてんの?」
「……いや、俺はクラスのモブとして目立ないようにだな…」
「いや、普通のモブは清水相手にあんなに余裕ぶれないから」
「そういう悠斗の態度が、むしろ目立つのよね……」
千夏がため息をつく。
「お前って、ほんと自分のことモブだと思ってるの?」
「当たり前だろ。俺は目立たず、影になり平穏な生活を望む一般生徒だぞ」
「……いや、お前の方が主人公っぽいって……」
高橋が苦笑する。悠斗は肩をすくめ、窓の外を見る。
おかしい。モブとして静かに生きるはずなのに、なぜこうなった?
悠斗は、小さくため息をついた。
「……俺はモブなんだけどな」
しかし、その呟きは誰にも聞こえなかった。