こんにちは、通院モグラです。
ご縁のある書き手のみなさまのお正月特別短編などが素敵すぎて、感化されて2時間制限でSSを書いてみました。
パッと書くと思いつくネタが職業ネタに偏って暗めになるのですが、今回は拙作Edenのキャラ3人の過去をくっつけて作ってみました。
初日の出というお題でどうしてこうなってしまうのか…。
まあ暗いのはいつもの仕様ということで(笑)、これはこれでお楽しみ頂けたら幸いです。
また、拙作のあるキャラの本名が普通に出てきますが、特にネタバレというわけではありませんのでお気になさらずでお願いします(笑)
◤Eden/番外編
「まだ名前の無い朝」◢
夜明け前の港湾地区。
コンクリートは夜の冷えをそのまま残し、海の匂いと機械油が混じって肺に重く落ちる。
千景は白衣を脱ぎ、くたびれたコートを羽織ったまま、防波堤の縁に腰を下ろしていた。
夜勤明け。仮眠室には戻らなかった。
戻ったところで、瞼の裏に残るのはモニターのフラットな線と、名前を呼ぶ前に止まった心臓ばかりだ。
東の空が、ゆっくりとほどける。
紫が薄れ、冷たい青が引き裂かれ、橙が滲む。
「……朝、か」
声は掠れていた。
独り言にしては、少しだけ重い。
救えなかった患者の顔が浮かぶ。
処置は正しかった。判断も間違っていない。
それでも死んだ。
太陽は、そんなことには一切興味を示さない。
今日も決まった角度で、決まった速度で昇る。
千景は目を逸らさなかった。
無責任な光を、正面から受け止める。
また今日も救急車が来る。
また今日も、助かる命と助からない命が混ざる。
それでも——自分はそこに立つ。
理由は、まだ言葉にならない。
*
高度一万二千メートル。
成層圏の端、夜と朝の境界。
トリガーは単座戦闘機のコックピットに身体を沈め、操縦桿を握り込んでいた。
フライトスーツの内側で、心拍は安定している。
HUDに重なる航法線、速度、高度、迎角。すべてが正常値を示している。
だが前方空域は異常だ。
AI制御無人戦闘機、四機。
「……」
無線は沈黙。
一機が急降下してくる。機首下げ角、限界超過。
G警告が一瞬だけ点灯する。
トリガーは操縦桿を引き、同時にスロットルを開ける。
ジェットエンジンが唸り、背中を座席に叩きつける。
視界が狭まる。
血が重力に引きずられ、周辺視野が暗くなる。
だが落ちない。
「……まだだ」
誰に向けた言葉でもない。
身体と機体の同期を取るための、呼吸の代わり。
無人機が背後に回る。
ミサイル警告音。
ロックオン。
トリガーはわざと高度を落とし、東へ機首を振る。
キャノピー越しに、地平線が見える。
次の瞬間、太陽が跳ね上がった。
夜を切り裂くような光。
逆光がコックピットを焼き、HUDの情報が遅延する。
無人機の光学補正機能が、一瞬潰れた。
トリガーはその“一瞬”を待っていた。
ラダーを踏み込み、急旋回。
Gが限界を越え、視界がほぼ消える。
それでも操縦桿は離さない。
機首を合わせ、引き金を引く。機関砲の振動が操縦桿越しに伝わる。
次の瞬間、空に火が咲く。
爆散。
破片が朝焼けに溶ける。
戦闘機は、まだ応えている。
空も、まだ嘘をついていない。
太陽が完全に昇る頃、最後の無人機が火を噴いて失速していく。
HUDから赤いマーカーが消える。
静寂。
エンジン音だけが、均一に続く。
交戦空域を離脱。巡航高度へ移行。
トリガーは操縦桿から片手を離し、キャノピー越しに東を見る。
朝の光が、戦闘機の機首と翼を淡く照らしている。
「……朝か」
低く、独り言のように。
戦果報告ではない。
感慨でもない。
空と機体が、今日も機能しているという確認。
それだけだった。
*
夜明け前。
都市外縁、立ち入り禁止区域。
D-02は瓦礫の影に伏せ、銃を構えたまま呼吸を殺していた。
心拍は低い。規定値内。問題なし。
耳に入るのは、遠くで崩れるコンクリートの音と、仲間の無線の微かなノイズだけ。
命令は単純だった。
――排除。
――生存確認不要。
視界の端で、東の空がわずかに色を変える。
夜が終わり始めている。
「……」
D-02は空を見ない。
見る必要がない。
ターゲットが動く。
熱源、二。民兵。武装あり。
照準を合わせる。
指に迷いはない。
引き金を引く。
乾いた反動。
倒れる影。
もう一発。確認。
血がアスファルトに広がる。
体温が落ちる。数値が下がる。
処理、完了。
次の区画へ移動しようとした瞬間、建物の隙間から光が差し込んだ。
太陽が、地平線を越える。
瓦礫が白く照らされる。
血の色がはっきりと浮かび上がる。
死体も、武器も、区別なく。
D-02は足を止めない。
止める理由がない。
「……続行」
自分の声か、無線か、その違いすらどうでもいい。
朝だろうが夜だろうが、任務は同じだ。
昇る太陽は、作業効率を少し上げるだけの要素。
光の中を進み、次の建物へ入る。
そこにも人がいる。
生きている。
だから、殺す。
感情は発生しない。
記憶も残さない。
ただ、任務を遂行する。
背後で完全に昇った太陽が、彼の影を長く引き伸ばす。
それでもD-02は振り返らない。
世界が続いていることも、
朝が来たことも、
彼にとっては意味を持たない。
その日も、
ただ命令だけが、彼を動かしていた。
*
同じ朝だった。
ただ、それぞれの場所で、それぞれのやり方で、生きていただけだ。
だが、誰の物語も、
まだ始まっていなかった。