こんばんは、通院モグラです。
拙作『Eden』に御立ち寄りくださった皆様、ありがとうございます。
皆様から暖かな応援、コメント、レビューをいただき、この度Edenが5000PVを超えました。
本当にありがとうございます。この場を借りて、厚く御礼申し上げます…!
地味にカクヨムを始めて6ヶ月経ちました。
始めた頃より技術が上がっているのか、全くわからないまま相変わらず手探りで書き進めていますが…第一話から手直したいところがいっぱいあるのを放置したままなので、仕事が落ち着いた時期に手を加えようと思います。
とはいえなんだかんだ117話まで書き続けたことは、初心者なりに頑張った…!ということで…(笑)
ファンタジーではない戦場医療ジャンルって、被りがないようでいて医療ものと戦場もののどちらかで既視感あるパターンになってしまいがち…と思いつつ、医療やアクションの書き方で差異を付けられたらなあと思いますが、まあ難しいですね〜…。
そこはぼちぼち研究しながら書いていこうと思います。
そして例によって書き溜めた没ネタをこちらで供養しておきます。
今回はハンニバルのカルテネタですが、これひょっとすると無限に生成できるネタ枠なのかもしれません(笑)
そしてハンニバルのネーミングセンスから「エデン」という単語が出てきたの、実は奇跡だった説が浮上しています。
◤Eden/番外編
J-MET12 非公式診療記録ファイル:CASE「たぶん大丈夫くん」◢
すべての発端は、三日前の前線でのドローン爆発だった。負傷者の山から、半ば焼けた若い兵士が担ぎ込まれた。ハンニバルがトリアージを行いながら、意識混濁の彼に声をかけた。
「お名前、言えますか〜?わかんないか〜……うーん……じゃ、とりあえず、仮の名前つけとこっか」
処置しながら、彼女は胸の音を聴き、腹部を触診し、ざっと外傷を走査。
「……うん、気道よし、胸郭左右差なし…骨盤動揺なし、腹腔内液体貯留なさそう、意識は……ちょっと怪しいけど。瞳孔径、左右差ないし…たぶん、大丈夫、くん……っと」
カルテ端末に、指でそう打ち込んだ。
──それが、あらゆる騒動の幕開けであった。
*
J-MET12医療棟――記録室。薄明かりのLEDに照らされたターミナルの前、カルテデータベースの照会画面に奇妙な文字列が浮かび上がっていた。
患者仮名:たぶん大丈夫くん
診療経路:戦域第3救護所 → 搬送ホバリング機経由 → 中央ICU
所見:全身擦過創、腹部に破片による挫創あり、意識障害あり
備考:バックパックに所持していた漫画本複数冊による衝撃減衰の可能性
この一文を見つけた陸軍中央監査局の記録監査官は、五秒沈黙し、それから爆発した。
「この名前、ふざけてるにも程がある!!!!」
資料を持って真っ赤な顔で記録室へ乗り込んできた監査官の怒声に、ちょうどチョコバーの包み紙を折り鶴にして遊んでいたハンニバル少佐が、面倒くさそうに顔を上げた。
「ん〜? ああ、“たぶん大丈夫くん”? うん、私が名付けた」
「でしょうね!!!!」
机が揺れる。書類が舞う。赤外線プリンタが驚いて変な音を鳴らす。
「意識混濁でも名乗らせる努力をしなさい!せめて識別番号を振るとか!“たぶん大丈夫”って何ですか!!これは診断じゃない!!縁起かつぎですか!!!」
「違う違う。現場では“これはもうだめくん”とか“内蔵バイバイちゃん”とかのバリエーションもあるよ」
「もっとひどいのおおおおおお!!!!」
「まあ、でもさ……」
ハンニバルは一歩も退かないまま、イスをくるりと回し、正面の監査官に向き直った。
「実際あの子、生きてたし。ドローンの爆風直撃で内臓潰れててもおかしくなかったのに、バックパックの漫画がクッションになってたんだよ?防弾ジョジョだよ?」
「例え方!!」
「しかも処置してみたら、破片も筋の浅層までしか届いてなくてさ。ね、エデンもいたよね?」
突然の振りに、壁際で無言で報告書をまとめていたエデンが、少しだけ頷いた。
「……破片は腹腔内までは……ぎりぎり、届いてなかった。……たぶん、大丈夫、だった」
「ほら〜〜〜〜〜〜!!」
「違う。名前の肯定じゃない」
「エデン、そこだけ冷静なの地味に刺さるんだけど……」
監査官は机を叩いた。ペン立てが倒れ、中のボールペンが散乱。インクの黒が床の白を侵す。監査官の怒声がそれに重なった。
「じゃあ名札をつければいいでしょう!仮名が必要なら標準化した仮番号体系を──!」
「いやいや、戦場で名札なんてすぐ飛ぶじゃん。爆風でピューンよ。焼けるし。剥がれるし。あと人が多すぎて番号なんか覚えてられないって!」
「覚えなさい!あなた医者でしょう!!」
「医者ってのはね〜、命を扱うのであって、数字の暗記は専門外なの。そこに期待するのは酷じゃない?」
「カルテに正式記録として残ってるんですよ!?査閲にかけたら即アウトです!!上層部の判断で医官資格の停止もあり得ますからね!?わかってるんですか!?」
「うーん……わかってるけどぉ〜……」
ハンニバルは頬杖をつきながら、机にぺたっと貼りつけていたチョコバーの包み紙を剥がし始めた。
「この包み紙でおだいじにって書いてカルテに貼ったら、許される?」
「許されるわけがないでしょう!!!!」
*
騒動は記録室、ICU、看護本部、ついにはトリガーの執務室にまで波及した。
「指揮官、あなたからも注意をお願いします!」
血管を浮かせた監査官の訴えに、廊下の向こうから歩いてきた男は落ち着き払って言った。
「カルテ名が患者の治療に影響を及ぼしたか?」
「……いえ、それは」
「混乱を引き起こしたか?」
「……いまは、してます」
「現場では?」
「……してません」
「では、その命名は、医療者による即時対応判断の範疇だ。書き換えは不要」
唖然と固まる監査官。
「あなたが許可したんですか!?この命名を!!」
壁に寄りかかってコーヒーを啜り始めた指揮官は、熱くも冷たくもない声で返した。
「……許可も拒否もない」
「え?」
「診療記録訂正の権限がない。俺は医療資格を持たない」
「はあ!?じゃあ何しにここに!?」
「面白かったので」
「帰れええええ!!!!!!」
「ちなみに――“たぶん大丈夫くん”は、俺のコレクションに加わる」
「……は?」
男は無駄に整った横顔で、淡々と言葉を継いだ。
「ハンニバルの命名は希少資源だ。
“臓器ブーメランくん”、“タイヤ止血マン”、“外科的にマズい太郎”。ここ一年で十一件」
監査官の顔から色が消える。
「なにそれ!? そんなにあるの!? 廃棄して!!!」
「廃棄はしない。医療行為の痕跡は形として残るべきだ」
「霊的発言やめろ!!!!!!」
トリガーは静かな愉悦を纏いながら、片手で端末を操作した。
画面には規則正しく並ぶフォルダ。
HANNIBAL_NAMING_LOG
YEAR03_ARCHIVE
“心停止ピンポン”.pdf
“肺どっかいったちゃん”.wav
“輸血ソムリエくん”.jpg
“デスホッピング”.jpg
(以下省略)
監査官は叫んだ。
「個人情報の墓場ですか!!!!」
「いや、資料室だ」
「死体安置所か!!」
トリガーは肩をすくめ、再びコーヒーへ視線を落とした。
その声は微温湯ほどの温度で落ちる。
「訂正権はないが――コレクション権はある」
「新しい権利生やすな悪魔あああああ!!!!」
「“たぶん大丈夫くん”の他にも、“もうだめそうさん”、“目が死んでるちゃん”、“血の気/Zero”など、彼女の命名には系統性がある。現場での命名傾向と予後の相関を、俺は過去36ヶ月分記録している」
「趣味か!!!!」
「うち二件、名称に反して驚異的回復を見せた例があり、分析対象としては興味深い。……仮称:『ハンニバル式ネーミングセラピー仮説』」
「論文化すんなああああああ!!!!」
「一部はエデンのカルテ処理と照合し、ハンニバルの命名が書類上どの時点で上書きされるかも追跡済みだ」
「お前ログ取ってんのかよおおおおお!!!!」
「もちろん。ログを取らずに観測は成立しない」
トリガーは一口、またコーヒーを啜った。
「ちなみに次の命名は“たぶん無理子”になると予測している。根拠はない。語感だ」
「ふざけんなあああああああ!!!!!」
その叫びが記録室の天井に吸い込まれていく中、壁際で静かに手が挙がった。
……エデンである。
「……でも、その患者、翌日“たぶん大丈夫です”って、自分で言ってます」
「……は?」
「痛み指数7。意識戻って、“たぶん、大丈夫です”って言った」
監査官の表情が、崩れ落ちる。
ハンニバルが、くいっと顎を上げた。
「ね?治療、成立してんのよ。これはもう本人の意思表示だから。セラピー効果あり。トリガー、次の学会一緒に行く?」
「断る。だが、ファイルは提出する」
「やめろ!!お前ら仲良しか!!!」
監査官の絶叫が響く。
「いやいや、逆に希望じゃない?患者がさ、“たぶん大丈夫”って自分で言える医療環境って、すごくない?J-MET、安心安全!」
「怖いわ!!全然安心できません!!」
「てかさ、広報にどう?“たぶん大丈夫くん”。酸素マスクつけたマスコット。ほら、軍医療のイメージ変わるよ?」
「変わるわ!!悪い方に!!」
「語尾は“〜だいじょぶ!”で、どう?」
「励まされない!!」
「エデン、描けるよね?」
問われたエデンは、一言も発さず、無言でスケッチブックを取り出した。
「止まれ!やめろ貴様、それ以上描くな!!」
「……描きます」
「聞いてよおおおおおおお!!!!」
*
その後。
『たぶん大丈夫くん』のカルテには正式な識別番号が追記され、記録としての問題は解消した。が、あだ名のほうが現場では圧倒的に定着してしまい──
いまも、誰かがふと口にする。
「あの子?……ああ、“たぶん大丈夫くん”ね」
そして、全員が通じてしまう。
*
後日、J-MET12の広報資料棚の一番下。
白黒のゆるいタッチで描かれたイラストが、そっと挟まれていた。
名前:「たぶん大丈夫くん」
特徴:酸素マスク/包帯ぐるぐる/語尾は「〜だいじょぶ!」
モットー:「痛いけど生きてる、たぶん」
制作:Eden(医療補助兵)
公式採用は、……未定である。