あんくさんの書き込みに回答
あと、ちょっと本文に手を入れてます
信長の焼き打ちが有名ですが、実際にそれまで比叡山が一度も放火されなかったのかと言えば正直ノーです
最澄が延暦寺を建てた当時はそもそも延暦寺という名称ですらなくて、その死後に当時の元号「延暦」から取られたのが由来と言われています(諸説あります)
そして調べられる範囲だと
・935年(承平5年):比叡山開山以来の大火災で、根本中堂が焼失し、938年に良源が再建しました。
・1435年(永享7年):将軍足利義教が山門使節を処刑したことに抗議し、山徒24人が根本中堂に立て籠もって火をつけ、集団自決しました。外から焼かれたのではなく、僧自身が火をつけた事件です。
・1443年(嘉吉3年)頃:禁闕の変の一味が根本中堂に立て籠もり、幕軍や山徒に討たれた事件があります。この時に焼けたかは確認できていません。
・1499年(明応8年):細川政元が、足利義稙の入京に呼応しようとした延暦寺を攻め、家臣の赤沢朝経に焼き討ちさせました。根本中堂・大講堂・常行堂・法華堂などの主要伽藍が焼かれています。信長の72年前で、「信長以前の焼き討ち」として一番使えます。
・1494年(明応3年)にも根本中堂の焼失が挙がっている資料がありますが、内容は確認できていません。
※以上うちの優秀AI秘書claudeさん調べ
とまあ我らが覚恕くんが生まれる前でも、これだけ焼けてます。
彼がトップになるまでに幾つの火災が起き、そしてそれを防げるのかを一緒に見て頂けたらと思う次第
ちなみに比叡山は有料AIを二つ駆使して、時代考証に散々怒られながら出来るだけ断定口調にしない(あくまで主人公知識)と言う気遣いをしながら執筆しております。