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★14/16 陰キャンプスピンオフNO3 『木村 樹ルート』


 帰国後、俺はすぐに地元を離れ柔道整復師とアスレチックトレーナー両方の資格が取得可能となる専門学校へ入学する。

 しかし専門学校は想像以上に忙しいところだった。

 過密スケジュールな授業に、課題、実習の繰り返し。これまで通っていた学校とは違い、単位を落としてしまえば進級ができず、留年を余儀なくされる厳しい環境だったのだ。しかも授業料はこれまでの比ではなく、非常に高額。

 短い間に多くの同級生たちが、単位を落として留年のための高額な授業料が払えず退学していった。
俺だって、留年をしたら、おそらくそうなってしまうのは容易に想像ができた。
それに留年をすることは、樹との距離がまた一層離れてしまうことでもある。苦しいながらも費用を捻出してくれている両親へも余計な負担はかけられない。

 だから俺はただひたすら、勉強に打ち込んだ。
樹に会うための費用の捻出や、仕送りだけでは足りない生活費を稼ぐためのバイトにも勤しんだ。 
今の厳しい環境に必死に食らいついた。
 
ーーただ……あまりに忙しすぎたためか、専門学校時代、樹のところへ行けたのは一年の冬に一回きり。
しかも、俺がスケジュールの確認をミスしてしまったせいで、樹とはほとんど一緒の時間を過ごせなかった。

「良いんだよ。葵がこうして今でも僕のことを大事に思ってくれているだけで嬉しいから。多くは望まないから……」

 それでもその時、この言葉を発した樹はとても寂しそうで、辛そうで。

 だからこそ、一刻も早く、俺は樹に並び立つ存在にならなければと思った。


ーーでも、それだけやっても、俺は凡才でしかなかったのだと痛感させられる。

 入学当初、俺は二つの資格の同時取得を目指していた。
でも、こうして実際にリアルな勉強をしてみると、同時取得があまりに現実離れした過酷な選択だった感じ始めていた。
このままでは、何者にもなれずに、退学の道を余儀なくされてしまう。
 学校側からも、今の俺の成績ではどちらかに絞った方が良いと勧告された。

 俺自身も薄々と同時取得は、今の俺では非現実的だと思い初め……結果、柔道整復師の資格を取得して、卒業することのみに方針転換をした。

……後々に知ったことなのだが、こうした学校の◯◯◯率100%というキャッチフレーズは、確実に資格取得や卒業ができる生徒のみを残し、集計した結果のようだった。でもそういう考えを持つ学校側が、片方に絞った方が良いと勧告してきてくれたということは、片方ならば俺には見込みがあったということだろう。


ーーそうして俺は苦労の末、専門学校を現役で卒業でき、片方の資格を取得するに至った。
そして学校側の支援や、自身の希望もあり、近くのフィットネスジムに併設されている治療院のスタッフとして働き始めるのだった。

 仕事自体にはやりがいを感じていたし、一定の満足感は得ていた。

 だけど、そういう立場になっても、俺と樹の距離は縮まるどころか、また遠ざかってしまっていた。

 すでに樹は、様々な大会で新記録を叩き出す有名な競泳の選手となっていた。
その愛くるしい容姿もあいまって、メディアでも引っ張りだこな存在となっていた。

 以前よりは日本にいることが多くなった樹だったが、そういった存在になったがために、なかなか直接会うことも叶わず、相変わらずオンラインでの逢瀬が続いていた。
 俺自身も日々の忙しさと、樹と延々に開き続ける差に、焦りが募り始めていた。

 そしてそんなある日。俺が今の会社の業務に忙殺されていた時のこと。
 オリンピック出場を果たした樹が遂に金メダルを獲得したと知らせをネットを通じて知った。

 その旨は樹本人からも、すぐさまRINEが送られたきた。

 だけど、俺は手放しでは喜べなかった。

 樹が報じられるたびに、アイツがどんどん俺から離れてゆく感覚を覚えていたからだ。

 俺みたいな凡人が、才能のある樹を支えるだなんて、無理なのではないかとさえ思い始めたりもしていた。

ーーでも、そんな弱音が湧くたびに、樹の笑顔が脳裏を掠める。

 こんな未だにうだつの上がらない俺に、樹は忙しいながらも、今でも画面越しではあるが、深い愛の言葉を口にし、態度で示してくれる。

 まだ俺はそんな樹の気持ちに何一つ答えられていない。まだ何もなし得てはいない。

 今、俺のすべきことは絶望するよりも、前に進むのを諦めないこと。

 ただそれだけと思い直し、一念発起を決断する。

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