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思いやりのキャッチボール

完全に冷めてしまった夫婦。
原因は生活費や学費といった金だ。

社長に無理言って借りたという擦り切れた30万。
節くれだってあかぎれだらけの職人の指が私にとって哀しい。

かあさんはお前に渡さないだろうから
お前に直接受け取って欲しいと
薄闇の早朝に帰宅した父は
かすれた声で言った。

家のことはいいんだ、学校を卒業してくれ、
そう言うと、半ば突きつけるように
その金を私によこした。

思わず涙をこぼし父にしがみつくと
まるで枯れ枝のようになってしまった体躯は
温かさを失い今にも消えてしまいそうに感じた。

かあさんは、知ってるの?
こんなに痩せていること
いつからこんなに体重が減ってるの?

夫婦仲を映すように
私も母だけでなく父とすら
まともに目を合わせる日々は
帰宅する機会と共に減っていた。

父のことだ
何かの病気を隠してる。

昔は筋肉質で似合っていたその作業着が
気づかない内にブカブカになり
まくり上げた袖から見える腕は
明らかなやつれが見えた。

日に焼けたように見える肌は
よく見るとどす黒く変色し
落ちくぼんだ眼の中で
瞳だけが懇願するような色をたたえていた。

いつも苛立ったかあさんの言葉は
私の心を荒廃させた。

私はいつからか
家に寄り付かなくなり
友人の家をふらふらと徘徊するようになった。

もう遅いかもしれない。
でももし
父の命が消えてしまったとき
もっと後悔するのは嫌だ!

熱い涙が溢れてくる。
うなだれる父は

卒業はするんだぞ、

そうポツリとつぶやいて
踵を返した。
その小さくなった背中は
微かに震えている。

父はゆっくりと私の部屋を出ていった。

父のタイミングを見計らうように
能面のような表情の母が音もなく現れた。

かあさん。
とおさんがあんなになっていること
わかっているの?

母は小さな溜息をついた。

とうさん、あんなに痩せて。
死んじゃうかもしれないよ。
もう、もう喧嘩は辞めてよ。

目を伏せて、母は黙っている。

はたと、中学時代まで打ち込んでいた
白いバレーボールの球が視界に入った。

こんな時に妙なことを思いつくもんだなと思いながら

母にその妙案を伝えてみる。

かあさん
とうさんとまともに話したのはいつ?
変な話だけど
ここにあるボールさ
キャッチボールしながら
お互いの良いところだけ言い合うって
どうにかできない?
一回だけでいいから。
とうさんと
かあさんが
二人でまともに話して欲しいんだ。
おかしな事を言ってるかもしれないんだけど。

母は突き刺すような目で私を見てから
その口元が一瞬緩んだ気がした。

ボールを投げるときはさ
嫌かもしれないけど
思いやりを持ってほしいんだ。
相手がうまくとれるようにとか。
やってくれるよね?
今日3人で、広っぱのある
うさぎ公園に行こうよ。

いいわよ、
それだけ言うと母は静かに扉を締めた。
しんと張り詰めた空気に耳を澄ませる。

しばらくすると
落ち着いた夫婦の会話が漏れ聞こえてきた。
私は心配で聞き耳をたてていたが
間もなくことりと眠りに落ちていた。

夢の中で幼い私と
仲の良かった頃の両親がキャッチボールをしている。
幸せそうな光に包まれて
それはだんだんと遠くの方に見えなくなっていった。




っていうのが今朝の夢。


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